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男主:カイ
腕前披露
お昼も過ぎ、レストランが一段落した午後。
「ハイ・ヨーさん、ちょっと厨房借りたいんだけど、イイ?」
ひょっこりと厨房に顔を覗かせ、片付けをしていたハイ・ヨーにへらりと笑う。
同盟軍軍主の姉であるナナミは、暇があれば厨房を借りてその腕を奮っているらしい。
そう聞いたのはつい最近のこと。
未だカイはナナミの料理にお目にかかったことはないが、どうやら見た目と味が結びつかないらしい。
ナナミの料理が壊滅的だということは、ゲームを通じて知ってはいる。
けれど、見た目と味が結びつかない料理とは一体どんな物なのか。
興味はある。
あるのだがまだ地獄は見たくない。
「構わないアルよ〜」
人の良さそうな笑顔でにこやかに手招きするハイ・ヨーに、カイは礼を告げながら厨房へと足を踏み入れた。
食事時には戦場となるこの場所も、今はハイ・ヨーと数人の姿しかない。
これならいいかな、と内心ホッとしたカイである。
「何か作るアルか〜?」
「うん、ちょっと約束があってね。あ、材料って持ち込みしなきゃ駄目なわけ?」
つい最近、ルックと約束してしまったお菓子。
作るとしたら厨房を借りなければならず、いつも様子を伺っていた。
幸いにして、最近はどこかに遠征に行くこともない。
だとしたらチャンスは今しかないと思ったのである。
「ある物使ってくれていいアルよ〜」
「いいのっ?」
貴重な食材なのでは、と躊躇うカイに、タイ・ホーは個人で使う分はそれほど量も多くないから、と言ってくれた。
事実、所持金を一切持っていないカイにとって、その話は喜ばしい物である。
遠慮無く使わせてもらうことにし、まず何を作ろうかを考える。
簡単にできて手軽な物。
あまり凝った物を作っても、評価するのは辛口のルックだ。
それならばいっそのこと、シンプルな物がいいかもしれない。
「蒸しパンだけだと物足りないかなー?」
材料を準備してから、それだけでは味気ないかと考える。
味を変えてバリエーションを付けてもいいが、結局のところ蒸しパンになる。
どうすべきかと考えて、目の前に並ぶ材料に目をやる。
「あ、そっか。プリンも作れるじゃん」
パチンと指を鳴らしてから、カイは早速調理に取りかかることにした。
暫くしてそれらが出来上がる頃には、独特の甘い匂いが厨房にたちこめていた。
「随分と美味しそうな匂いアルね〜」
夜の下準備をしていたハイ・ヨーが匂いにつられてやって来たのを見て、思わず吹き出す。
やはり人が作る物は料理人として気になるのだろうか。
出来たプリンと蒸しパンを一つずつ取り出して、ハイ・ヨーへと差し出す。
「ここ貸してくれたことと、材料を分けてもらったお礼に」
「いいアルかっ?!」
パッと表情が明るくなったハイ・ヨーにどうぞと進める。
すると彼は何処に隠し持っていたのか、どこからともなくスプーンを取り出してプリンを食べ始めた。
「……ど?」
お菓子を作ったのは少なくとも三年は前。
久し振りに作ったとはいえ、味の保証は出来ていない。
「美味しいアルよ〜っ!これならレストランのメニューに加えてもおかしくないアルッ!」
「まっさか……って、まてよ」
いくら何でも、料理人に叶うはずがない。
だが、もしかしたら、という考えが頭の中を過ぎる。
自分の作るお菓子をレストランで出してもらい、その売り上げの何割かをもらえれば、少しは自分の収入になるんじゃ無かろうか。
「ね、物は相談なんだけどさ……」
思い立ったが吉日。
カイはハイ・ヨーにとあることを持ちかけた。
コンコン。
ドアをノックする音に、読んでいた本から顔を上げる。
けれど、空耳だと思うことにして再び頭を本へと巡らせた。
コンコンコン。
再びノックの音。
先程よりも強く叩かれたそれに、ルックは睨むようにして扉を見た。
コンコンコンコンコンッ。
何も反応を返さずにいれば、更にノックの音が続く。
これでは読書に集中できない。
パタンと本を閉じ、苛立たしげにドアへと向かう。
そのまま勢いよく開けば、そこには何故かバスケットとポットを持ったカイの姿があった。
「何?何か用?」
どうやらご機嫌斜めのようである。
だが、せっかく作ってきたお菓子を無駄にするのも勿体ない。
そう思い、カイは持っていたバスケットを目線の高さに合わせた。
「お茶しない?」
へらっと笑みを浮かべながら、問答無用で部屋に入る。
「ちょっと、誰も入っていいとは言ってないだろうっ」
「いーからいーから」
「よくないっ!」
吠えるルックを宥めながら、テーブルの上にバスケットとポットを置く。
それからティーカップを探し出して、お茶の準備。
お茶を煎れてから、バスケットの中に入っていたプリンと蒸しパンを取り出してルックへと出す。
「ねえ、これ何さ?」
「何って、プリンと蒸しパン?あ、蒸しパンの方はチョコだから」
「それは見れば分かる。問題は、何で僕がアンタとお茶しなきゃいけないのかってこと!」
バンッとテーブルを叩きながら、イライラとしているルックに、カイは酷いなぁとぼやいた。
「ルックが食べたいって言ったから、わざわざ厨房借りて作ったんだぜ?」
そう言えばピタリとルックの動きが止まった。
マジマジと、信じられない物でも見るかのような視線がよこされる。
それからプリンと蒸しパンに視線を移し、のろのろとルックが椅子に腰掛けた。
ルックが座るのを見届けてから、煎れたお茶を彼の前に出す。
自分の分もお茶を煎れながら、ルックが食べるのをじっと見つめていた。
「……悪くない」
ポツリとルックが呟いたのは、全てを平らげた後だった。
マズイ物はマズイとはっきりきっぱり言い切るルックから、その言葉が出るのは褒め言葉と取ってもいい。
内心ガッツポーズをしながら、カイは自分の分を食べ始めたのである。
その数日後、ルック手製のお菓子にカイが舌鼓を打つことになり、レストランでは週に一度、限定百個のケーキセットがメニューに増えた。
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