08
中学の入学式。これからの生活に特に胸を踊らせるなどといった期待の類いは持ち合わせていなかった。適当に校長の話を聞き流して、クラスでの自己紹介を終え、適当に友達を作って下校する。
「ゼロ、もう少し笑ったらどうだ?」
「無駄に愛想振り撒くのは疲れるだろ。面白いことがないと笑えない。」
「めんどくさいな、お前。じゃあ、俺がゼロの中学生活を面白くしてやるよ!」
景光は俺と違ってよく笑う。コイツとは小学校高学年のときからの付き合いだった。所謂、幼なじみってやつだ。
「モデルやってる可愛い先輩もいるらしいし。学校楽しみだなゼロ!」
正直興味なかった。初恋のエレーナ先生との思い出だけで十分だ。
「じゃあ、俺こっちだから!また明日な!」
「じゃあな。」
景光と別れて歩みを進めていく。新しい生活が始まることについては面倒だが、春は好きだった。桜並木を歩きながら、満開の桜に口元が緩む。別に花が好きというわけでもないし、詳しいわけでもない。だけど、好きな花は?と聞かれたら桜だった。桜は日本を象徴する花。日本人離れした容姿を持つ自分の憧れだったのかもしれない。
気持ちのいい風に吹かれながら歩いていると、一段と強い風が吹いて思わず目を瞑る。そして、目を開けたとき、心臓が止まったような気がした。
舞い落ちる桜の花びらの中に立っている女性に目を奪われた。長い黒髪を右手で抑えながら翡翠色の目を伏せる自分と同じ制服を着た女性。
『新入生?』
「そ、うだけど…。」
『そっか、私は君の先輩か。』
年上なのか。確かに大人っぽいが、何故制服を着ているのだろうか。今日は新入生だけ登校のはずだが。
『桜綺麗よね。』
「うん。俺も桜好きなんだ。」
『奇遇ね、私もよ。』
彼女の見せた笑みは儚くて消えてしまいそうなものだった。
「名前は?僕は降谷零。」
『私は如月真咲。よろしくね、零くん。』
「…如月先輩は、何でそんな悲しそうな顔をしているんだ?」
『あら、零くんは人の感情を読み取れる子なのね。』
なんか子ども扱いされてる気がした。思わずムッとすると、彼女はまた儚く笑いながら、質問に答える。
『大好きな人が遠い所に行っちゃって悲しいの。』
「男?」
『えぇ、世界で一番格好いい人。』
「俺より?」
不意に出た言葉に彼女は一瞬止まって、軽く噴き出した。
『確かに零くんも格好いいわね。髪も目もキラキラしてる。』
「なんか、貶されてる気がするんだけど。…まぁ、これからは俺が学校にいてやるから、そんな悲しい顔するな。」
『フフッ、ありがと零くん。じゃあまた明日ね。』
それが彼女との出会いだった。今思えば、何て生意気なクソガキだったんだろうと、自分でも笑える程だ。