【5】
そこは赤い場所だった。
爆発でもあったのか半分吹き飛んだ建物。壁には血のようなものがべったりと張り付いている。それらはすでに乾いていて不気味な様相を呈していた。
鉄筋コンクリートの建物郡。赤い空。頭上を走っているむき出しの鉄筋。血の匂い。湿っぽい空気。腹の底に響く甲高い何かの遠吠え。
ここはどこだ。
俺の目の前を猫が通り過ぎる。
それは俺が昔飼っていた猫にとても似ていた。
その後を追いかける。俺は一体何をしているんだ。
路地裏から開けた場所に出る。そこには異形の者達がいた。
幸い人間の形を保っているが首が異様に長い者。一見女性のようにも見えるが頭に枝のような角を生やした者。空に走る鉄筋コンクリートから吊るされた紐に繋がれている者。まともな人間が一切いない場所。
なんだここは。ここは一体どこなんだ。
怖くなった。俺は走って違う路地裏に入る。
猫。猫はどこだ。俺が飼っていた猫。昔俺がかわいがっていた猫。
兄弟のように育った。俺が落ち込んでいるときなぐさめてくれた。いつだって一緒にいてくれた猫。どこだ。どこにいるんだ。
名前を呼んだ。なんという名前だったか。
どこだ? どこだ? どこだ?
俺だよ。―――だよ。ここにいる。また一緒に遊ぼうよ。
走って走って、俺はようやくたどり着いた。
濁った水が流れている川。落ちないようにか低い有刺鉄線の柵が張られている。その近くにはぼろぼろの木製のベンチ。
その上に口が縛られたビニール袋が置いてあった。
それを目にした瞬間、ずぐんと心臓が鳴った。
――俺はそれを知っている。
呼吸がしづらい。心臓が鈍く低く、早鐘を打つ。
――俺はそれを知っている。
近づいた。木製のベンチに俺は近づいた。
――俺はそれを知っている。
近づいて近づいて、とうとう木製のベンチの前に立った。
俺はゆっくり、ゆっくりとビニール袋に手を伸ばす。
(あぁ、やめてくれやめてくれやめてくれ!)
手が動く。勝手に動くんだ。誰か俺の手を止めてくれ。
俺はこれの中身を知っている。もう知っているから俺に現実を突きつけないでくれ。
ビニール袋。中身が入っているのか膨らんでいる。何重にも何重にも重ねられていて、中身は見えない。そのビニール袋は小動物をいれるにはちょうどいい大きさだった。
(知っている。俺はこれの中身を知っている)
あけたくない。いやだ。だれか。
俺の手がビニール袋の口をあけ、中身を見てしまった俺は絶叫した。
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