まるで知人が目の前で死んだような、酷く傷ついた顔をした男は、「私は……俺は……」と呟き狼狽している。
 俺はそんな男を冷めた気持ちで見ていた。
 俺の中で疼いた絶望はすぐに諦めに取って代わっていた。
 肉体が痛みに悲鳴をあげている中、心までもざわつかせるのは億劫だ。ある意味痛みのおかげで俺は冷静でいることができている。

「私は……レイ、……いえ、シュヴァーン……シュヴァーン・オルトレインです」

 和名ではなく洋名を名乗った男に対しても、何一つ思うところはない。
 どこか見たことのある男がどこか聞いたことのある名前を言った。それだけだ。
 諦観の境地で男から目を逸らし、またぼんやりと天井を見つめる。
 返事もせずに黙り込んだ俺に、男も黙る。しばらく部屋の中に沈黙が落ちた。
 非常に居心地の悪い空気から逃げるためか、男が医師を呼んできます、と言い部屋から出て行った。

 再び一人になった部屋の中、ぼんやりとしていた俺は、自分の顔にかかっている銀糸に気づく。
 顔を少し傾けるとさらりと動いた。もう一度傾けてそれが何か理解する。なんだ。これは俺の髪の毛か。
 男が医師を連れて戻ってくるまで俺は自分のではない自分の髪の毛で遊んでいた。

 男が連れてきた医師は穏やかな顔つきをした中年程の男だった。
 医師は俺に今の気分は如何ですかと聞いてきたが、俺はそれに見返す以外の反応をしなかった。答えるのが億劫だ。
 医師はそんな俺に対して何も言うことなく質問を重ねる。
 自分の名前を思い出せるかから始まり、年齢、今の状況、今年は何年かなどと医師は俺に尋ねてくる。
 答えるのが面倒くさかったが、俺は全部に知らない、分からないと答えた。
 そうすると、医師は質問の答えを教えてくれた。

 俺の名前はアレクセイ・ディノイアと言うらしい。
 帝国騎士団の元騎士団長。
 アレクセイ・ディノイアは帝国に対して謀反を起こしその役職を解かれ、今は国家反逆の重罪人としてここに置かれているらしい。
 体を蝕む激痛はその謀反を起こした際に受けた怪我だとか。医師が言うに結構な重体のようだ。
 本当は死刑だが殿下の温情でどうたら言われたが、医師の言うことが俺にとって荒唐無稽すぎて半分聞き流していた。

 そんな俺に気づいたのか、医師は話を切り上げる。
 「今は安静が一番です」と穏やかに笑い、また来ると言って部屋から出て行った。
 橙色の男が部屋から去る医師に向かって何か言っていたが、俺の耳はその言葉を正確に拾うことはなかった。
 徐々に瞼が落ちていく。

「アレクセイ様?」

 橙色の男の声が聞こえたが、突然やってきた睡魔には勝てず、俺は眠りの淵に沈んでいった。


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