3
橙色の男は扉の取っ手に手をかけた状態でしばらく突っ立っていた。
何か言いたいことがあるのに言葉が出てこないのか、金魚のように口をぱくぱくさせている。
そしてやっと意を決したのか、男は動き出した。
「お加減はいかがですか?」
控えめな愛想笑いを顔に浮かべて、男はベッドに近寄ってくる。
手に持っていたらしい、水差しとコップの乗ったトレイをサイドテーブルに置くと、何か考え込んでいるのか百面相をした後、ベッドの横に立ちながら俺に話しかけてきた。
「ホント、びっくりしたわよ〜。聖核に押し潰されて死んだと思ってた大将が生きてるって言うんだもんよ〜。聞いたときは眉唾モンだと思ったけど、出所が殿下だもんねー。慌ててすっ飛んできたら本当だし。昏睡状態だって言ってたのに来てみれば起きてるし。俺様、驚きの連続だわ」
口調が変わった。
さっきの控えめな愛想笑いが、今度はおふざけを貼り付けたような軽い笑顔になっている。
俺は男の緑の目をじっと見つめる。
雰囲気から察するに、男は俺にどう接したらいいのか分からないみたいだ。
男は見られていることに動揺して「大将?」と心許なそうに呟いた。
男から目線を外す。確かさっき部屋を見回した時に椅子があったはずだ。
そう思い、瀟洒な作りの家具たちの中にぽんっと置かれた背もたれのない質素な丸い椅子を見つける。
扉の近く、男の後ろにあるそれを見続けていると、男が不思議そうに振り返った。
「……椅子を」
「え? あ、はい」
自分の声がいつもより数十倍低い気がした。
いや、これは自分の声が低くなったというよりも、まるで他人の声のような。
……他人。
そういえばこのどこか見たことのある橙色の男は先ほどから俺のことを「大将」と呼んでいる。嫌な予感がしてならない。
「椅子、持って来ましたが」
「……座って……くれ」
見舞いに来てくれただろう客人を立たせておくのは精神的にきついものがある。
それに、高いところから見下ろされるのも落ち着かない。
男は俺の言葉に戸惑った表情を見せ、「は、はい」と言うと恐る恐るといった感じにベッドの横に椅子を置き、座った。
怖がられているのか? 妙に緊張している男に嫌な予感が増す。
大将、どこか見たことのある橙色の男、自分の発する低い声、……あぁ、もしかしたら……。
「あの、それで、大将」
「君は……」
男が何かを言う前に俺は声を出す。日本人にはあるまじき緑の目をじっと見返す。
痛い。全身が痛い。体が熱を発し、その熱に浮かされて意識がはっきりとしない。
夢であってくれ。
「君は、誰だ」
俺の言葉に橙色の男が目を見開いた。
橙色の男の口が微かに「アレクセイ様……」と呟いた時、俺は自分の今の状況を理解し、絶望した。
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