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 レイヴンの手を借りて立ち上がり、促されるまま路地から出た。路地も明るいとは思っていたが、表に出るとその眩しさに顔を俯けた。

「疲れた? 宿に戻ろっか?」
「……いや、買出しを……」
「んー……。あいつらに見つかったら厄介だし、本当なら戻って欲しいんだけどね……。行きたいって言うんなら行くけど、しんどくなったらすぐに言ってね」
「あぁ……本当に、すまない」
「まー、また出てきても俺が守るんで安心してねっ」

 わざと明るく言うレイヴンに申し訳なくなる。レイヴンの言う通り戻った方がいいのだろうが、……買出しも満足にできない役立たずなのは、耐えられない。レイヴンに迷惑をかける罪悪感と、簡単なこともできない役立たずの重圧を天秤にかけて、後者の方に気持ちが傾いてしまった。

 横に並んで歩き始める。建物から突き出す布のひさしの下で、多くの出店が活気付いていた。俺はその一つ一つを眺めて、目を焼く眩しさにたまらずに目を閉じる。

「アレクセイ、こっち」
「ん……」

 レイヴンに腕を引かれてついていく。頭がぐわんぐわんする。目を閉じるとそれが顕著になり、薄く目を開いた。レイヴンが立ち止まったのは一つの出店だ。小物が並ぶ台を覗き込み、指をさして何か質問をしている。店主はそれに答えて、レイヴンが「これでいっか」と言ったのが聞こえた。
 金を払ってレイヴンが取り上げたのは眼鏡だ。細いフレームで、耳にかける部分に魔核らしきものが埋め込まれている。それを差し出されて思わず受け取る。

「それ、視界の明度を落とさずに入ってくる光を絞る魔導器だってさ」
「……?」
「サングラスは暗い色で目に入る光を絞ってるでしょ? それは一定の光量しか通さないらしくってね、色もついてないし、夜でもずっと付けてられるのよ」
「なるほど」

 眼鏡をかけると、あんなに目に痛かった光が気にならなくなった。
 視界は暗くならず、裸眼で見るのと変わりない。感動して辺りを見回していると、「気に入った?」とレイヴンが伺ってきた。俺は頷き、礼を言う。

「眼鏡似合うねぇ。男前じゃねーの」
「これは……すごいな。普通の眼鏡に見えるのに、どうやって光を絞っているんだろうか。視界の邪魔が一切無い。魔導器はこんなこともできるのか……?」
「あっ、ヤバッ……。魔導器好きを思い出させちゃった……?」

 目に入る光を制限しているということは、明るさも制限されていいものなのに、これにはそれがない。なんだろうか。どういう原理だろう。光量を絞るのは瞳孔の役目だが、それと同じようなものか?

 確か瞳孔が開いた状態でも、周りが劇的に明るく見えるわけではなかったはず。ただ強い光を見ると直接中枢神経を貫き、最悪目が潰れる。強い光を見ない限りは、ピントが合い辛いなどの症状しかない、はずだ。詳しいことは知らないが。
 ならこれは弱った目の機能を補助しているか、それか瞳孔と同じ役割を持った新たなカバーとして機能しているのか。

「魔導器はすごいな……」

 この世界には治癒術があり、医学はいらない。目の機能の知識があるか分からないが、もしそういう知識が無いにも関わらず魔導器がカバーしているのならこんなにすごいことは無い。
 いや、でもどうだろうか。人体の知識くらいはあるのか?
 それともそうとは知らずに作られたものなのか?
 感動に目を細めるとレイヴンに腕を引かれた。

「あー……、感動してるとこ悪いけど、買い物行きましょうか」
「あ、あぁ。……すまない」

 レイヴンと連れ立って歩き、活気のある砂の街を興味深く見回す。身体のしんどさはあるが、光による頭痛や吐き気が軽減されて浮き足立っていた。これぐらいなら耐えられる。紙を片手に屋台を回り、必要なものを買い終えた頃には二人とも両手は塞がっていた。
 あの大人数だからこのぐらい当たり前か。乾き物や薬品、布やその他もろもろを抱えて宿に向かった。
 戻る途中、レイヴンは周囲を気にするように首を巡らしていた。屋台を回っている間もさりげなく周囲に気を配っていたから、親衛隊を警戒しているのだろう。

「……まだ、いそうなのか?」
「ん? んー……、やっこさんの数もそう多くないんでない? とりあえずそれらしいのはいないとは思うんだけど」
「……そうか。すまない、迷惑をかける」
「もー! 謝りすぎだって! どうせなら「頼りになる」とかそういうこと言って!」
「う、うん……? 頼りに、なるな?」
「さっき俺様かっこよかったでしょ!? もっとハッキリ褒めて!」
「あぁ……そうだな。ありがとう、レイヴン。頼りになるよ」
「……っ!! ……っ!?」

 奇怪な顔でこちらを三度見するレイヴンに思わず笑いがこみ上げる。
 笑われたことに口を尖らせてぶつぶつ何かを言っているレイヴンは、荷物を何度も抱え直した。

「ところで、レイヴン」
「えっ? あ、な、なに?」
「私は、このまま宿に戻っても大丈夫なのだろうか」
「ん〜そうね〜。それじゃあちょっと目くらまししよっか」

 そう言ってレイヴンが脇道に逸れた。俺もそれに付いて行く。ぐねぐねと道を歩き、人気がないところで立ち止まる。荷物を下に置いて紙になにやらを書き込み、終えると金の入った袋を分けてその中に紙を入れた。
 何をするのだろうかと見ていると、レイヴンがこちらを見てニッと笑った。口を締めた袋の紐に指を入れ、回す。遠心力をつけた頃に腕を大きく振りかぶり、上に向かって投げた。それを目で追うと、低い建物の屋上に差し掛かったところで手がにゅっと伸びてそれを掴んだ。驚いてレイヴンを見ると「ちょうどいたのねぇ」と笑っていた。

「……あれは?」
「秘密〜。まぁ、小細工だけど、あいつらには十分でしょ」
「…………」

 小細工とはなんなのか分からないが、レイヴンが言うのなら大丈夫なのだろう。
 そう思っておかないと色々と不安だ。ユーリ達にもこれ以上迷惑はかけたくはない。彼らのことを考えて気分が落ち込んだ。
 それから遠回りをして宿にへと戻った。


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