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 あまりの突然のことに抵抗もできず、強引に腕を引かれるままついていく。腕を掴むのはフード付きのマントを羽織る男だ。俺よりも少し低いぐらいか、露出した手が鍛えている者特有の無骨さがあり、どんどんと奥へ進んでいく。
 砂の街の特性上、建物と建物の間は広くそこまで暗くはない。慣れたようにぐねぐねと角を曲がるも視界は開けていた。

 この男はなんだ? こんな陽のある内に人を攫うなんて。
 俺は嫌なことに気がついてしまった。俺は今、アレクセイだ。アレクセイは世界に星喰みをもたらした元凶であり、それでなくとも今まで非道なことをしてきた人間だ。ユーリ達のように他の人間がアレクセイに対して恨みや怒りを持っていたとしてもおかしくはない。
 結構な速さで引かれ、急な運動と暑さと不安に眩暈がして足がもつれる。角を曲がった時に壁にぶつかり、驚いた男が手を離した。支えが無くなった俺は壁に身を押し付け、ずるずると崩れ落ちた。

「あ、アレクセイ様……っ!」
「…………?」
「申し訳ございません、お身体は大丈夫ですか? こんなにやつれて……、おいたわしや」
「……君、は」

 膝をついて俺の身を案じる男は、慌てて被っていたフードを下ろした。
 そこには見たことのない男の顔があった。やり切れなさを滲ませ、口を引き結ぶ男は俺の横に並び、腕を肩に回して立ち上がらせようとした。
 いきなりのことに身体がついていけず、思うように動けない。

「さぁ、早くここから離れましょう」
「何故?」
「あんな奴らの下にいたら身体が持ちません。俺たちはアレクセイ様の身を案じて」
「俺、たち?」
「は、はい! そうです! 捕らえられた者も多いですが、逃れた者も数多くいます。アレクセイ様、俺たちはまだ戦えます。どうか使って下さい」
「…………」

 こいつ……。
 喜色を含んだ声に、厄介な者に捕まってしまったと顔を歪めた。
 この男は恐らくアレクセイの下にいた騎士だ。アレクセイの意思に感化された下級騎士ぐらいならまだいいが、親衛隊なら最悪だ。いや、この世界の現状を見てもなおアレクセイを慕っている素振りを見せているということは、その可能性の方が高いか。

 この男が望むのは群れを率いる大将の帰還だろう。だが俺はこの男のことを知らず、俺自身も彼らを率いるなぞできるわけがないし、する気もない。それにアレクセイ自身もそれを望んではいないだろう。彼は自分の行動が誤っていたと理解して、全てを諦めてせめてもの償いに死を選んだのだから。
 引きずられそうになる身体をなんとかその場に留まらせ、俺はようやく抵抗をした。男は驚き、慌てて俺を振り返る。なんとか彼から少しでも身体を離そうとするが、強い力で腕を掴まれて逃げられなかった。

「アレクセイ様、どうしたんですか。早くしないとシュヴァーンが」
「いい」
「はっ?」
「……わ、私が戻るのは、そっちではない」
「何を仰りますか! 俺たちは」
「は、なしてくれないか」
「アレクセイ様! 何故ですか! ……俺たちを捨てるんですか……っ!」

 アレクセイに縋り、懇願する男。この男は何を望んでいるのだろうか。自分たちを率いる主を求め、それから何をしようというのか。ユーリ達のような者に協力するでもなく、ただただ俺を引きずって行こうとする男。俺の、いや、アレクセイの指示だけを盲目的に求めている姿が不愉快だ。
 俺はアレクセイじゃない。お前らの求めるものに応えられやしない。

 寝不足が祟って力が入りきらず、徐々に引きずられる。歯を食いしばって耐えていると、ふっと引っ張る力が無くなって前に倒れる。地面に両手をついて座り込んでいる頭上で、金属音が響いた。

「はぁ〜い、そこまで」
「こっのぉッ! 裏切り者めぇッ!!」
「うっせーわね。おたくに言われたかぁーねーわ」

 見上げると、男とレイヴンが短刀で刃を交えていた。至近距離で刃同士が打ち合う音が響き、レイヴンは短刀の鞘の部分で男の腹を打ち据えようとする。男は後ろに大きく跳躍することでそれを避け、腰に下げていた剣に持ち替えた。
 レイヴンが庇うように俺の前に立ち、短刀を構える。お互いが間合いを保ち、緊迫した空気が路地裏に満ちた。

「大将はおたくらがやろうとしていることを望んでなくてね。諦めてくんない?」
「何を言うか! アレクセイ様を長年裏切ってきた男が知ったような口を! アレクセイ様が国のためにどれだけ身を窶したかも知らず、その方を語るな!」
「あーぁ、おたくらみたいな盲目的な連中だと、大将もさぞかし扱いやすかったろうねぇ」
「っ! 貴様っ!!」

 男が怒りに顔を紅潮させ、斬りかかって来た。レイヴンは短刀だけでそれに迎え撃とうとしている。背後には俺がいて自由に動き回れないというのに。

「れ、レイヴンッ!!」

 剣が振られる。レイヴンはそれを短刀で受け、するりと流した。

「こういう狭いところで長物はご法度だって、知ってたでしょ」

 呆気にとられる男の腹に膝をお見舞いし、前のめりになった頚椎に肘を叩き込む。俺の目の前で男がぐるりと白目を剥き、こちらに倒れこもうとしてきた身体をレイヴンが止めた。男のフードを掴んで、ぐいっと後ろに引っ張り地面に放り投げる。俺はそれを呆然と見ていた。

「ほんと、何しに来てんだか……」

 嫌そうに男を見るレイヴンの横顔を見上げる。俺の視線に気が付いたのか、レイヴンはいつもの顔で笑った。

「どう? 俺様かっこよかったでしょ?」

 いつもの軽口に、いつの間にか詰めていた息を吐いた。
 呆れて物も言えない。


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