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 苦しい。痛い。
 それだけが頭の中を占めていた。
 どこが痛いのか、何が苦しいのか分からない。何か酷いことがあったような気がする。それが何か、赤い記憶が、苦痛の記憶が物語ろうとするのが怖くて目の前の体温にすがった。
 布越しの固い無機質な物に顔を押し付けて、手をがむしゃらに動かす。掴みやすそうな箇所を握りしめて、自分の方に引き寄せる。何か、物体を抱き込んだ状態だと分かったが、頭痛が酷くて痛みを紛らわしたいがためにさらに顔を押し付けた。
 何かが俺の背を這っている。平べったいものが何度も上下する動きに少し安心する。

「大将、落ち着いて」

 上から聞こえる何かに、落ち着こう、落ち着こう、と頭の中で繰り返される。今、自分がどういった状態なのか分からない。苦しい。何かが苦しい。痙攣する呼吸に気付いて、俺は深く息をするよう努めた。深く空気を吸い込もうとするたびに肺が小刻みに震えて上手く吸い込めず、しゃっくりをあげているような不格好な形になる。
 頭が痛い、息が苦しい。無機物にさらに顔を押し付けて助けを乞う。

「あた、まが……」
「大丈夫、大丈夫」

 背中を這っていた物が後頭部を撫でる。その感触に力が抜けた。息がしやすくなったような気がする。深く息を吸って、吐いて。頭の中を殴りつける痛みも次第に弱くなっていく。
 痛い、痛い、痛い。
 頭以外のどこかが痛い。怪我がひきつっている。吐きそうだ。俺は一体何をしているんだろう。
 早く青年のところに戻らないと。青年はどうなったんだったか? 俺が青年の手助けをすると誓って、不気味な塔の入口に立って、青年から貰った剣が重くて、ちゃんと振るえるのかと心配になった。
 塔の内部に入って、その機械的な内装に驚いたとこまではちゃんと覚えている。あとは、どうだった? 何か、俺はまた何かを追いかけてしまったんだ。それがなんだったかは忘れてしまった。何か、何を、俺は一体何をしたかった、ただ役立たずになりたくなくて、必要とされなくてもいい、放っておいてくれ、悲しかった、悲しい、俺は何か間違えていたのか?

「大丈夫ですって大将。俺はあなたの味方ですから」

 聞こえた言葉に安心した。こんな、どうしようも無い俺にも味方がいるのか。そうだ、俺にも昔は味方がいた。生まれた時から一緒にいた猫。心の拠り所。今度は無くさないように、酷い最期を迎えさせないようにしよう。
 君が幸せだったらいい。最期まで幸せを感じていたことを切に願うけど、俺にはもう分からない。頭が痛い。

「……いた、い」

 何度も頭を撫でられて、目蓋が落ちていく。
 低い体温が心地良かった。


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