【25】



 何度も考える。ユーリ達はなぜ俺を連れまわすんだ?
 アレクセイの罪を軽くするためか? それなら『ユーリ達と同行した』という事実だけでいいだろう。足手まといである俺を無理に連れまわさずとも、どこかそこらへんに押し込めておけばいい。
 危険なところに行って俺を守りながら戦闘をするだなんて、星喰みをどうにかしようと奮闘する彼らのさらなる重みになってどうするんだ。
 もしかしてそれが狙いか? ユーリ達も俺の居心地の悪さを分かっているはずだ。何の役にも立たず、むしろ邪魔にしかならない俺を置いて、苦しむ様に溜飲を下げているのか? 憎いアレクセイが自責を抱いている様を見てせせら笑っているのか?

 なんてやつらだ。
 俺は悪くない。悪いのはアレクセイだ。俺は何も悪くないのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならない。
 今日だってそうだ。フェローの精霊化に成功し、イフリートが誕生した。直後に空に鎮座していた星喰みが活性化し、そこから飛び出した残片共が散らばり各地を破壊の手で撫で始めた。そいつらの駆除にバウルに乗って駆け回り、一日を終えた。
 その間俺は何もできなかった。ユーリ達が必死に、傷つきながら街の人間を守り、無我夢中で剣を振り、魔術が飛び交い、一つ一つずつ確実に星喰みの胞子共を潰して、その間俺はバウルの船の上でそれらを眺めていた。
 バウルが巨体を生かしてクジラのようにやつらを呑み込むのを見上げ、俺は一人、甲板で呆けていた。
 ユーリ達が船に乗り込みせわしなく動いている中、俺は何もせずに馬鹿みたいに彼らを見ていた。

 頭皮に爪を立てて掻く。言葉にできない感情を吐き出せず、俺は赤い世界をふらふらと歩いていた。何かの遠吠えが聞こえる廃墟郡を通り抜けてアレクセイを探す。あの場所はどこだったか。途中、視界にちらちらとビニール袋が見えたが気のせいだ。異形共がいたが気のせいだ。
 ユーリ達が望んでいるのはアレクセイだ。俺じゃない。俺のことを庇うレイヴンだって、何かと気にはかけてくれているエステルだって、アレクセイだからそうしているんだ。俺はいらない。俺のことなんて彼らの目には入っていない。

 建物と建物の間を移動して、ぐねぐねと曲がりくねる道をひたすら歩き続ける。どこに向かっているのかもよく分かっていない。ガサガサと音がする。何かの遠吠えが聞こえる。怒りが血液に乗って全身を巡り続けている。自身を攻撃する感情が苦しく、胸を裂いて血を、臓物を撒き散らす想像が俺を楽にする。
 どこだ、どこだ、早く見つけないと。赤色を探して道を歩き、ようやく開けた場所に出た俺は地面に転がっている死体に唖然とした。

「……は?」

 フェローの時に嗅いだことがある酷い血臭。血と臓物をこれでもかと周囲に撒き散らした死体は、虚ろな目で赤い空を見上げていた。胸から下腹部にかけて肉を開かれ、そこから覗く肋骨やはみ出る腸に、事態が飲み込めず口を押さえる。ぽっかり空いた心臓部分に何故か俺は「盗られたのか」と呟き、自分の発想に混乱する。
 地面に転がった死体は、この世界でよく会う青年だった。褪せた紺色のコートを着た青年は、何の感情も乗っていない表情をしていた。驚愕も苦痛も、その顔には無い。大の字で空を見上げ、自らの血と臓物に塗れている。
 俺は震える足でその場から離れた。

 路地を引き返し、どこをどう通ったのかも分からないまま再度開けた場所に出る。路地から飛び出した俺に誰かがぶつかってたまらずに尻餅をついた。相手も地面に倒れ込み、謝罪をしようと顔を上げて喉がつまる。全身を地面に横たわらせ、ゆっくりと上半身を起こしている女性は、この前青年が連れて行こうとした先にいた異形だった。
 頭に枯れ枝のような角を生やした異形。人間の形をしているが、正気を失っている目がうろうろと地面を這い、俺に向けられた瞬間、言い知れぬ怖気に血の気が引いた。彼女の小ぶりな唇が動いた。

「死体! 死体! 惨殺、誰がやった? 苦しいどこも苦しい、俺はなんだ? あの人はまだマトモだったのに、なんで死ななければいけなかったんだ。血、血、心臓、誰が盗った?」

 かわいらしい声で朗読する言葉に身を引く。こいつ、なん

「で、俺の言葉を? ……! やめろ! 俺の心を読むな! 化け物め!」

 立ち上がろうにも身体が言う事を聞かない。尻でじりじりと後退するも、枝を生やした女性が四つん這いで後退分を埋めていく。やめろ! 近寄

「るな! 胸、服の間から覗く胸、這ってくる異形が人形のような目で俺を見て、聞きたくもない唇がかさついてる、女、が俺に寄って寄って寄って這い這い、声が! 枝がゆれ」

 枝のような角を揺らし近付いてくる女! 地面を掻く手が空回りし、上手く距離を取れない。女が、異形が俺との距離を詰め、顔が眼前に迫ってくる! シャツの胸元が大きく裂けたボロの服から、下着をつけていない柔らかな胸が覗き、整ったかわいらしい顔立ちが目の前に人形の目で俺を見て、ぼそぼそと小さな唇からかさついたシワだらけの唇から死体のことが告げられ、俺の背が建物の壁に当たり逃げ場が無くなり女の手がこちらに伸ばされ、目の位置に指が近づけられ、人形が俺の目を欲しがっていると理解した時、俺は絶叫を

「角ちゃん、そこまでにしやがってください」
「死体、赤赤赤赤赤、めんどくせぇな、なんだコイツ歪んでねぇのか? また読みやがってるなあぁ気味悪い気味悪い早いとこ離してコイ」
「黙りやがれ、デスよ」
「血、心臓、臓物、ぶちまけ、胸、胸が見え」

 女性の脇に手が差し込まれ、そのまま後ろに引きずられていく。女性は俺と背後の男を交互に見やり、言葉を変えていた。
 滝のように流れる汗、荒い呼吸に無意識に胸元の服を握り込んだ俺は、女性を引きずる男を見て「ヒッ」と声を上げる。
 男は骨に皮がついたような風貌だった。枯れ木のように全身が細く、鷲鼻と妙に潤っている目玉がはめ込まれた顔。女性を引きずれる程の力を持っているのかと不思議に思うぐらいの男が、そのまま女をひきずり建物の角を曲がって姿を消した。
 女性の声と引きずる音が徐々に遠ざかっていく。何かの遠吠えが俺の耳にちゃんと情報として届くほど静かになったあと、地面に引かれた痕跡を眺め俺はただ呆然とするしかなかった。


- 26 -
[*前] | [次#]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -