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 酷い血臭だった。本来は美しかったであろう火を連想させる体毛に覆われた巨獣は、息も絶え絶えに剥き出しの岩肌に傷ついた身体を横たえている。
 力強い大きな翼の片方は折れ曲がり、これでよく飛んでいたなと驚いた。肉を大きく抉られロクな治療もされていない胴体からはまだ血が流れている。固まった血が上下する身体からバリバリと剥がれ落ち、そこから新たな血が流れた。光が欠け始めた虚ろな目はユーリ達を見るでもなく、恨めしそうに空を睨んでいる。俺はその痛ましい姿から目を逸らした。
 コゴール砂漠の上空を飛んでいたフェローを追いここまで来たユーリ達。ジュディスはフェローの傍らに膝を付き、泣きそうな声で彼の身体を撫でた。

「あぁ……フェロー、フェロー、しっかりして! ごめんなさい、私たちのために……」
「世界の命運は決し、我らはその務めを果たせず終わる。無念だ……」

 砂を含んだ熱風がフェローの傷ついた身体に塩を塗る。痛みに喘ぐことすら苦しそうにするフェローに、こっちまで痛い気持ちになった。俺はフェローの傍に寄った彼らを遠巻きに見ながら、視線をあっちこっちに彷徨わせる。

「長年、がんばってきた割に諦めが早いんだな。悪いけど、まだ終わっちゃいないぜ」
「ザウデが失われ、星喰みは帰還した。人間も我らも昔日の力はない。これ以上、なにができよう」
「まだ望みはあります! まだ新しい力があるんです」
「あんたに精霊に……エアルをもっと制御できる存在に転生して欲しいの」
「そのためには……あんたの聖核が必要なんだ」

 エステルの必死の言葉に、リタとユーリが続いた。
 フェローはようやくユーリ達に目線を寄越し、血を流しすぎたのか小刻みに震える目でしっかりと見る。

「……我が命を寄越せというか」

 憎々しさが滲む声色。聖核は膨大なエネルギーを宿した結晶だ。何に使われるか分からないものを、欲望の塊の象徴である人間に託すなんて嫌に決まってる。悪用されそうになっても防御する手段などなく、叩き割られ道具を動かす燃料として使われるかもしれないなんて考えると尚更だ。
 俺は自分の腕に巻かれたチャチなブレスレット状の武醒魔導器(ボーディブラスティア)を見た。決して大きくはない魔核が付いたものだ。この魔核が元は聖核で、使いやすいように割り砕かれた物だと知っている。
 気位の高い始祖の隷長が、人に聖核を渡すだろうか。
 俺の懸念を余所に、フェローは何か悟ったのか諦めたように持ち上げた頭を再度横たえた。

「……心で世界は救えぬが世界を救いたいという心を持たねば、また救うことはかなわぬ、か……。どのみち遠からず果てる身……そなたらの心のままにするが良い」

 そう言い終えるとフェローの身体は光に包まれ、その光が絶えた後、内側に揺らめく炎を宿した聖核が地面に落ちた。大量の血が染み込む地面に置かれた宝石よりも美しい結晶。先ほどまで聞こえていた呼吸音が途絶え、砂漠の風が吹く光景に物悲しく思えた。フェローの傍にいたジュディスが大切な物を扱うように拾い上げる。

「……精霊になっても協力してくれなかったりしてね……」

 ぽつりと呟かれたレイヴンの言葉。レイヴンは始祖の隷長にあまり良い印象を抱いていないみたいだ。うろ覚えの物語や人物設定を思い起こしながら、俺は進んでいくストーリーをぼんやりと眺めていた。俺にできることなんて何一つない。


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