22



 朝日が目に痛い。俺は窓から背を向けるようにベッドの縁に座り、目頭を揉んだ。あれから一睡もできなかった。なんとか吐き気は治まったが、胸のむかつきは未だ拭えない。男衆が寝泊りしていた宿屋の一室で、俺は一人小さくため息を吐いた。今は誰もこの部屋にいない。皆起き出して下で朝食を摂っているところだ。
 俺は食欲が無かったので断った。誘ってくれたカロル君は困った顔をしていたが、彼の背中を押して皆の元へと向かわせた。
 腹を撫でる。昨日の夜も何も食べていないが、不思議と空腹は感じなかった。ただ少しキリキリと痛むような気がするだけだ。問題ない。
 ぼんやりと石畳の床を眺める。誰もいないのに、隠れるように室内でフードをかぶる。端を摘んで、俺は取り留めの無いことを考え込んでいた。

 赤い夢のことはもういい。考えたくない。が、それを許さないというようにあの時の映像が、痛みがじくじくと思考を侵していく。考えたくない、考えたくない。
 頭の中で何回も呟き、でも、と思った。赤い夢の中で俺は死んだ。もしかしたらもうあの夢を見なくなったのではないか? 夢にしてはリアルな世界。まるで本当に生きて地に足をつけていたような、そう錯覚する夢だ。その中で死んだということは、もしかしたら。それを確認したいとももちろん思ったが、それでもしまたあの赤い夢を見てしまったらと思うと眠れなかった。
 いい。このことはもう考えないでおこう。そうだ、それよりも今は。
 そこまで考えて、部屋に誰かが入ってきて俺は顔を上げた。黒一色の姿に、身体が強張った。

「辛気くせぇ面」
「…………」

 部屋に入ってきたのはユーリだった。手には何故か皿を持っている。疑問に首を傾げると、ユーリは俺にその皿を突き出した。サンドイッチだった。

「オラ、食えよ」
「…………」
「ここで足引っ張られんのも迷惑なんだよ」
「…………」
「ちっ。お得意のだんまりか? 黙ってりゃぁその内嵐が去るって? 気に食わねぇ……。せめて一言言うべきことがあんだろ」
「…………すまない」
「……ちっ」

 心底嫌そうに顔を歪めるユーリ。俺の手に皿を押し付けるとそのまま背を向けて部屋から出て行こうとする。部屋から出る時、言い忘れたといった風に「三十分したら支度して下に来い」と言って出て行った。
 聞こえていないだろうが、小さく肯定の声を出した。俺はユーリから押し付けられたサンドイッチを見た。食べ物を目の前にしても特に空腹は感じなかった。

 そのサンドイッチを見ながら、ユーリも面倒見が良いよな、と感想を持った。
 けど、ここで喉が乾く物というのがなんとも言えない。そう思ったが近くにいつの間にか水筒が置かれていて、やはり面倒見が良いなと一人笑った。
 アレクセイの姿じゃなければ居心地が良かっただろうに。ありもしないもしもの話を鼻で笑って、俺は理不尽な重圧を彼らのために甘んじて受けてやろうと、そう諦めた。


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