21



 肉を食い破られる。最期に感じたのははらわたを引きずり出される違和感と痛み。最期には見たのは赤い空と銀色の魚達だった。

「…………っ!!」

 衝撃に身体を起こす。暗く冷たい空気の中、俺は何が起こったのか分からず辺りを見回した。そこは宿屋の一室だった。じっとりと汗ばむ身体と嫌な音を立てる心臓。ベッドの上に眠る彼らを一つ一つ確認するように眺めたあと、俺は大きな窓に引かれたカーテンの間から差し込む月明かりに目を向けた。
 あぁ、俺は生きているのか。
 じんわりと理解した俺は、自分の手のひらを眼前にかざす。それは俺のではない無骨な長い指を持った手だった。顔にかかる髪の毛を一房握り締めて呆然とする。
 俺は、誰だろう。アレクセイだろうか。いや、俺の意識がある。アレクセイはどこに行った?

 ゆらりゆらりと視線をさまよわせて、寝息だけが聞こえる静寂の中にぽつんといる自分に愕然とした。あぁそうか、俺は生きているのか。
 喉につまるような吐き気を感じて口を押さえる。声を押し殺し何回かえづいた。舟を漕ぐように前後に揺れる身体。止まらない吐き気にベッドから降りて部屋を出た。
 静まり返った宿屋の廊下。極力足音を立てずに俺はトイレを探した。

「んっ、……っ、んんっ……、っ……」

 込み上げる浅い吐き気。真っ暗な中、頼れるのは月明かりだけのそこを壁に手をついて歩く。足元に直に伝わる石畳の廊下の冷たさに、靴を履いてこなかったことに今更ながら気付くが構っていられなかった。
 やっと見つけたトイレの扉を開け明かりも点けず洗面台に縋りつく。

「ぇっ……ぅ……おぇっ……っ」

 衝動のまま喉奥にあるものを吐き出そうとする。胸のむかつきに胃を痙攣させ、耐え難く何かを出そうとしていた。異常な量の唾液だけが洗面台に落ちる。
 目眩がする。眼球の奥に酷い鈍痛が居座っている。そうか、俺は生きているんだな。
 アレクセイの身体で俺の意識がまた浮上して、あの冷たい目を再度見なければならないんだな。吐き気が止まらない。
 腹をかき回される違和感。てらてらと光る内臓とそれに纏わり付く赤。痛み。喉を裂く叫び。自身の内部の熱気が発する蒸気。嗅いだことのない悪臭。肉を咀嚼する不快音。それが現実だったかのように俺の脳に刻まれたそれがぐるぐると場面を繰り返す。

「ぇっ……ぅぇっ……」

 えづきすぎて目に涙が溜まる。鼻をすすり、俺は空っぽの胃から何かを吐き出そうとずっと洗面台に縋りついていた。
 吐き気が止まらなかった。


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