【18】



 また、いつの間にか俺はそこに立っていた。
 路地裏から赤い空を見上げて、ここはテルカ・リュミレースではないと確認する。
 人の形をしている化け物共と出会いたくなくて、俺はその場に座り込んだ。壁に背を預けて寝る前のことを思い出す。
 ゾフェル氷刃海でウンディーネが誕生したあと、記憶通りに星喰みが復活した。
 穴の空いた結界からどろりと姿を現した星喰み。その一部がノードポリカを襲い、急遽駆けつけたユーリ達がそいつらを掃討した。それから精霊うんぬんの話になり、あと三属性の精霊を集めると決まったんだったか。
 早く行動をしないといけない状況だったが、そのままノードポリカで宿泊する運びとなった。俺としては休める反面、睡眠をとらなくてはいけないことに複雑な気分だった。
 結局身体の疲労に耐えられずにベッドに沈んだのだけども。

「……俺、これからどうなるんだろうなぁ」

 自分のこれからを憂う。が、どうでもよくなって思考を放棄した。
 何も考えずに彼らについていけばいい。何も感じずに、彼らについていけば。
 自分がどうして彼らについて行かなければならないのかも知らない俺が何を考えたとしても意味はない。もし俺が本当にアレクセイだったら、彼らの力になれたのかもしれないが、そんなもしもも意味はない。
 あの時、死ねれば良かったのに。どうして俺はこんなところにいるんだ?

 自分の膝を見ながら黄昏ていると、路地裏に砂を踏みしめる音がした。
 壁に反響して大きな音を立てる足音に、そちらを見る。そこにはこの前の夢に出てきた青年が突っ立っていた。
 相変わらずの褪せたコートに重そうな物を背負っている。ただ、違ったのはその手に握られた無骨な剣だ。呆けた顔をする青年と剣を交互に見て、俺は口を開いた。

「俺に、何か用?」
「……ぁ、ぁぅ゛う」

 擦れる金属音に顔をしかめる。青年は自分の喉からもれる声に不満そうにし、俺に近付いてきた。青年が俺の近くにしゃがんで、俺の顔を覗き込んでくる。
 じろじろと見てくる青年に仰け反ると、追うように青年が身を乗り出す。

「な、んだよっ!」

 身体を引く俺に向かって、剣を持った手が近付いてきた。
 そのことにぞっとした。俺はこのまま殺されるのか?
 死ぬことを望んではいるが、いざ目の前にすると恐怖が前に出てくる。俺は歯を食いしばって青年を睨みつけた。
 俺の首元に剣があてがわれ、そこで青年が何かに気付いたような顔をした。
 剣を持った手を自分の方に引き寄せて、不思議そうな顔をする。そしてその剣を地面に放り投げた。

 目が無意識に放り投げられた剣を追う。頬に冷たい手が添えられ、驚いて青年を見る。無表情に俺の頬を摘んで引っ張ったり、目を覗き込んできたり、身体を触ったりと何かを確認するような手の動きに俺は戸惑った。
 やがて満足したのか青年の手が離れた。ぼーっと俺の顔を見たあと、何かを言ったが生憎俺にはわからない。
 困惑していると、青年は立ち上がってそのままどこかに行ってしまった。
 何をしたかったんだ?
 不可解な行動に首を捻りながらも、この前のように無理矢理化け物のところに連れて行かれなくて良かったと安堵する。
 
 俺はそのまま何時間もそこに座り続けた。
 死ぬ前のことを思い出して、ユーリ達のあの冷たい目を思い出して、嫌になってきた俺はおもむろに立ち上がる。
 夢から覚めることができない。そのことに不安になった俺は歩き始めた。目的が無い歩みだが、唯一化け物共に会わないようにする。路地裏から出て廃れた街を探索した。

 探索して分かったことは、この街は隔離されているらしいことだ。
 街の端まで行くと底が見えない大穴があり、それがどこまで続いているのかと沿って歩けば、途中で途切れたりするものの、ほぼこの街を覆うように存在していた。
 途切れたところには急な角度の岩壁があり、それ以上先に進めない。
 何かの施設のような建物もあったが、入り口を守るように化け物が立っていたのでそこは迂回した。

 俺は疲れて元の路地裏にへと戻ってきた。
 壁に背をつけ、赤い空を眺める。オオーン、オオーンと何かの遠吠えはずっと聞こえていた。
 目に痛い色彩から逃れるように目を閉じる。赤というキーワードに、あのだだっ広い広場にいるアレクセイのことを思い出した。
 気力が回復したら、もう一度あそこに行ってみるかな。
 そう考えていた俺の近くで、何かの甲高い鳴き声がした。


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