17
やっとエアルクレーネがある場所に辿り着いた。
彼らの後ろ姿を視界に収めつつ、小さく息を吐く。ここまで来るのに心が削られる思いだった。
進行を邪魔する魔物を斬り伏せる彼らは、明らかに苛立っていた。多分気のせいではないだろう。
アレクセイのことを快く思っておらず、邪魔でしかない俺を護衛するのは確かにストレスだ。レイヴンが俺を庇うようにして俺の横にいるのも気に喰わないだろうし、それを理解したうえで彼らの後ろをついていくのは、些か俺には胆力が足らなすぎた。
俺のことを気にせずエアルクレーネの前で話し始める彼らに、安堵に身体から多少力が抜ける。俺のちょっとした変化に気付いたのか、横にいたレイヴンが声をかけてきた。
「お疲れさん?」
「…………いや」
「無理しないでもいーのよ。……って無理な話か」
「…………」
「そういや大将、寒くない?」
「……大丈夫だ」
「そう。俺様寒くてしゃーねぇわ。あぁ寒い寒い寒い……。……手、握ってもいいです?」
「………………」
口の前で手を擦り合わせていたレイヴンが冗談っぽく冗談を言ってきた。俺はそれにどう返したらいいか分からず、防寒着に膨れる彼を見たあと、無言で前を向いた。
横から「ちぇーっ」とわざとらしい声が聞こえる。これもレイヴンなりの気遣い方なんだろうな。そのことに気落ちした。俺はどこまで迷惑をかけたら……。
「……分かった」
リタの声に思考の海から引き戻される。
どうやら俺が自己嫌悪に浸っている間に話が決まったようだ。
見ると、リタの顔は何かを決意したような、腹をくくった顔していた。
「あたしが蒼穹の水玉(キュアノシエル)にエアルを導くのに、あんたらの生命力を使う。そうすればエステルはあたしにエアルを干渉されないで流れを掌握できると思うから」
「よっし。じゃあみんな、いっちょ気合入れようぜ」
ユーリの号令に他の者も声を上げ、エステルの近くに寄る。リタがこちらを見て「あんたもよ!」と言われ、俺はおずおずと前に出た。
リタがくるくると回って術式を組み上げ、エステルが祈りを捧げるように目を閉じた。
ユーリ達の足元で陣が光を放つ。リタの言葉を聞きながらそのまま突っ立っていると、いきなり身体から何かが抜け落ちていくような感覚が襲ってきた。
たたらを踏み、眩暈に前後不覚に陥りかける。倒れるわけにはいかないと歯を食いしばり、揺れる視界に吐き気を覚えながら耐えた。
ちらちらと見える赤色に、本能的な恐怖が掻き立てられる。
ここで気絶でもしたら、あの夢を見てしまうのか? 嫌だ、見たくない。
恥も外聞もなく逃げ惑いたい衝動に駆られながら、それでも俺は耐えた。
身体にかかる加重が消え、解放感に安堵する間もなく口を手で覆い吐き気を堪える。
エステルとリタの悲鳴が聞こえて、ふらつく目で俺はそちらを見た。
「聖核を形作る術式!? 勝手に組み上がって再構成してる……?」
苦しそうに喘ぐエステルに眉根を寄せる。リタが険しい顔で宙に浮かぶ聖核を見ていた。周囲の水が聖核を中心に渦巻き、一瞬の眩い光が爆発して場を白く染めた。
物量を持って脳に叩きつけられるそれに、危うく意識を手放しかける。浅い呼吸を繰り返しながら目を開くと、見慣れぬ者がいた。
彼女を見て、あぁそうだった、と思い出す。頼りない記憶が断片的に浮かび上がってくる。
聖核が浮いていた場所に精霊ウンディーネがいた。ぶれる視界の中、俺は空を見る。星喰みはまだ姿を現していなかった。
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