14
バウルが運ぶ船の上。甲板の際から地上を見下ろす。旅用のマントが風に煽られ、肌寒さに少し震えながら、俺はこれからのことを考えた。
ユーリ達はゾフェル氷刃海というところに行くらしい。エアルクレーネのところに行き、聖核でエアルを制御する実験をするだとか。
少し前、バウルが運ぶ船に乗り込み、そう説明するリタの話をなんとはなしに聞いていた。
時々、こちらを警戒するような目で見られたが、しょうがないことだ。
俺は目頭に指を置き考える。記憶の中からヴェスペリアのストーリーを引っ張り出そうとするが、いかんせん何年も前にプレイしたものなので、よく思い出せない。
特に思い入れもなく、外伝の小説もなんとなく買って読んだだけなのだ。
アレクセイは中盤のボスだった、というのは覚えている。アレクセイを撃破したあと、厄災である星喰みが復活して、それから、テイルズらしい精霊の話になってそれから、……なんだったか。
ラスボスは誰だっただろうか。よく覚えていない。
風に煽られ脱げそうになるフードを押さえ、俺は今更ながらどうして自分がここにいるのか考えた。
初対面の時にユーリが「殿下の申し出で」と言っていたから、俺が彼らについていったら、アレクセイに何か恩情があるのかもしれない。
そういえば、黄色い人間が何かを言っていたような気がする。
思い出そうとするとくらくらとめまいがした。
「アレクセイ、そんなところにいたら風邪をひきますよ?」
声のした方に顔を少し向けると、いつの間に近付いたのかエステルが心配そうな顔で立っていた。
おずおずとしながらも、普通に接してこようとする彼女にどう反応したらいいのか分からず、目をそらす。
エステルを無視して流れる空を見ていると、彼女は俺の隣に体を並べた。
「何を見ているんです?」
「…………」
何も見ていない。が、そう答えていいものか?
少し考えて、俺はこんなにコミュニケーションが苦手な人間だったか? と首を傾げた。何かを言おうと口を薄く開いて閉じる。声がうまく出ないような気がした。
「あの、アレクセイ」
「…………」
「えぇと、そういえば私は貴方のことを知ってますけど、アレクセイは私のことを知りませんでしたね。私はエステリーゼと言います。エステル、と呼んで下さい」
「…………」
「え、えぇと……」
困ったように話題を探す彼女に申し訳なく感じる。
俺も俺で何か声をかけようかと思ったが、……アレクセイならどう答えるんだろう?
堅苦しい言い方で何かを言うとは思うが、何を言うんだろう。俺はユーリ達に自分の存在を知られたくなかった。彼らが俺のことを『記憶喪失のアレクセイ』と認識しているのなら、それで通したかった。
俺は、イレギュラーな存在だから。俺自身が、死んだ俺がここにいて欲しくなかったから。
「……アレクセイは、不安じゃないですか?」
その言葉に彼女を見る。
「記憶喪失……起きたら周りが自分の知らない物だらけで、自分のことを知っている知らない人達ばかり……、自分の知らない事実をいきなり突きつけられて……、不安じゃないですか?」
真っ直ぐにこちらを案じる姿に俺はいたたまれなくなった。
もちろん不安はある。が、彼女が思っているような不安ではない。俺が恐れているのは夢を見ること。それとユーリ達の目だ。それ以外はどうでもいい。
そんなことを知らないエステルは、何かを決意したような目で俺に言った。
「あの、私では至らないかもしれないですけど、何か困ったことがあったら言って下さい。手伝います」
彼女の言葉に罪悪感が積もる。エステルから目をそらしつつ、俺は風に紛れる声で「あぁ」とだけ言った。
横から聞こえる嬉しそうな声は、聞いていなかったことにしよう。
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