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「よぉ……久しぶりだな」

 女と見紛う黒髪の男が、敵意を隠そうともせずに話しかけてきた。
 俺はその言葉に声を出すことも頷くこともできなかった。
 アレクセイなら彼と会ったことがあるだろうが、俺は彼と会ったことがない。
 ゲーム画面で見たことはあるが、ゲームで見るのと人間として等身大で見るのとは勝手が違う。
 初めて見たわけではないが初対面の人間が俺に声をかけている、という事実に妙な違和感を持った俺は、動揺をおくびに出さないように努めながら彼を見返した。
 彼は何も言わない俺に苛立ったみたいだ。綺麗な眉を歪めて、皮肉気に笑った。

「あぁ……そういや記憶喪失、なんだっけか? 自分のしでかしたことを綺麗さっぱり忘れるなんざ、随分都合のいい頭だな」
「ちょっと青年。いきなり喧嘩腰にならんでも」
「おっさん。思うところはあるだろうが、黙っててくれねぇか」

 紫の羽織を着た男。レイヴンが彼をいさめるが、効果は無かったようだ。
 彼はギッと力を込めた目で俺を見ている。彼、ユーリの周りには他のパーティーメンバーもいた。
 ここは客室なのか、絵でしか見たことがないような内装の部屋で、彼らは思い思いの場所に立っている。
 怒りの目でこちらを見るユーリから目をそらすことができない俺は、視界の端に祈るように胸で手を組んでいる少女を見つけた。
 ピンク色の頭髪。彼女は、確かエステル、だったか。
 不安そうに眉を下げてユーリと俺を交互に見ている。
 ユーリの傍にいるのは、レイヴン。
 その三人だけが今俺の視界に入っている。
 他の人間も一応入っているが、そちらに目を動かさないと全体を見ることのできない位置だ。
 俺は何をするでもなく、怒りを目にたたえたユーリを見返す。
 「一つ言っておくがな」彼は苦々しく口を開いた。

「俺はテメェがしでかしたことを許さねぇ。できるんならこの場で斬り捨てたいぐらいだ。テメェのせいで死んだ人間がいる。テメェのせいで苦しんだ人間がいる。今だって苦しんでいる人間がいるんだ。俺は絶対にテメェを許さない」

 俺はその言葉を聞いて、思わず俺じゃないと言いそうになった。
 俺が苦しめたわけじゃない。俺が殺したわけじゃない。やったのはアレクセイだ。
 そう、言いそうになった。
 だけどその言葉は俺の口からこぼれることはなかった。口を開くことさえしなかった。それは、めんどくさかったわけでも弁解したくなかったわけでもない。
 怖かったからだ。俺は、真っ向から向けられる敵意に竦んで、何も行動を起こせなかったのだ。
 顔の筋肉さえも動かない。まったくといって、何か行動するという気になれなかった。

「これからあんたは俺達と行動を共にする。あの天然殿下のお申し出だ。無視するわけにもいかねぇ。俺としてはいますぐにでも斬り捨ててやりたいんだがな」
「青年……」
「分かってる。しねぇよ。テメェが俺らに付いてくんのも拒否したりしねぇ。けど、もし仲間に変な真似をしたら、そん時は」

 殺す。
 一段と低いトーンで言われた言葉。
 それは胸に楔を打つように突き刺さった。
 殺す、殺す、か。そんな言葉を言われたのは初めてだ。
 真っ向から向けられる敵意なんて、初めてだ。
 ダメだ。ユーリの怒りに殺されそうだ。
 彼が俺に剣を向ける前に、彼の目に射殺される。

 何もない、心を守る術も持っていない俺は、ユーリの目を見続けることができなかった。逃げるように目を伏せる。
 目を伏せたことによって、彼の怒りが増幅した空気を感じた。
 俺は取り繕うように言った。

「分かった」

 一言だけ。これ以上何を言ったらいいか分からなかった。
 ゆっくりと瞬きをする。空気が、重い。心臓が痛い。心が痛い。吐きそうだ。
 数瞬の沈黙の後、彼の舌打ちが聞こえた。
 「くそっ……」と苦々しい声が、苛立たしげに響く。

 その重たい空気を取り払う術も権利も無い俺は、そのまま黙って嵐が通り過ぎるのを待った。


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