嘘吐きスタート 5

「じゃあな。俺は先に行くぞ」

 痛いほどの沈黙を破るように十神君がそう言い、俺の横を抜けて行く。他の皆も今の出来事に困惑しながらも、彼の行動に従うように動き始めた。
 俺はガンガンと内側から外に向かう痛みに動けずにいた。視界を閉ざし、目頭をきつく押さえる。今まで覚えたことのないような激しい感情が胸中で荒れ狂うが、それに気を向けていられない。俺は一体何に怒りを覚えている? 意味が分からない。

「あ、あのぅ……大丈夫?」

 特徴のある声に目を薄く開くと、近くに胸で両手の平を組み不安そうな顔をしている不二咲さんがいた。俺は深く深く息を吐いて自分を落ち着かせ、次に笑った。

「大丈夫。……心配してくれてありがとう」
「ほ、本当に大丈夫? 貴暮君、つらそうだよ……」
「いきなり大きな音が鳴ったから、びっくりしたんだ。俺は大丈夫」
「そう……?」
「あぁ。そうだ、不二咲さん。もしよければだけど一緒に体育館に行かないか?」
「え? あ、うん!」

 先ほどの不安そうな顔から一転、嬉しそうにする不二咲さんに笑みが浮かぶ。その笑顔に痛みがどこかに行ってしまうようだ。
 玄関ホールから出て、のろのろと二人で廊下を歩く。最初にここに来るまでに見ていなかった周りに目を向けると、事件が起きた時に張られる黄色いテープで塞がれた部屋や、横格子型のシャッターが下りた通路があり、それらが無意味に不安感を煽った。

「あの、貴暮君」
「なに?」
「変なこと聞くけど……、前に会ったこと、ある?」

 不二咲さんの言葉に首を傾げる。
 自慢ではないが、俺は会った人の顔と名前を完全に覚えることができる。一回会っただけでもそれから何十年と覚えているし、不二咲さんのような人と一度でも会っていたら覚えているはずだ。
 でも、何故か知っているような、そんな変な感覚に首を捻りながらも俺は無いと答えた。

「君と会ったことはないよ」
「そ、うだよね! 変なこと聞いてごめんね……」
「え、ちょっと、そんなに落ち込まないで。こちらこそごめん。だからその、あまり落ち込まないで……」
「うぅ……ごめんね……」

 二人であたふたとしていると、ふと我に返り今の状況がかなり面白いことになっているのに気付いて笑った。俺よりも大分背の低い不二咲さんの肩を軽く叩いた。
 きょとんとしている不二咲さんに苦笑し、周りの風景を確認する。

「それにしても、ここは不気味だな」
「うん。希望ヶ峰って名前なのに……おかしいよね……こんなの全然……」
「これ以上何も起きないといいんだけど」
「……うん」

 俺の遅い足取りに合わせてくれている不二咲さんに感謝しつつ、本当に何も起こらなければいいのに、と心の中で願った。


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