身隠しインサイド 1
朝のモノクマのアナウンスで起きた俺は、憂鬱な気分で部屋から出た。慣れない部屋で寝たものだから寝付きがあまりよくなかった。少しだるい身体で廊下を歩いていると、赤い廊下が途切れる大きな踊り場への入り口付近に石丸君が立っていた。ピシッと背筋を伸ばし、指の先まで真っ直ぐ脚の横に添えられている。
石丸君は俺の存在に気づくと大きな声で挨拶してきた。
「貴暮君ではないか、おはようございます!!」
「これはこれは……、おはようございます」
「む! ご丁寧にどうも……」
丁寧に腰を曲げて挨拶すると、石丸君も律儀に返してくれた。石丸君は思っていたよりもノリが良かった。お辞儀をする時もぴしっとしている石丸君が、立ち位置を修正して門番兵のように佇む。その顔は閉じ込められた人間とは思えない程自然体だった。
「うむ! やはり朝の挨拶は気分がいい! 貴暮君も今日も頑張りたまえ!」
「そうするよ。石丸君はここで皆に挨拶しているの?」
「そうだ。こんな状況だからこそ規律を守り、健やかに過ごさねばならん!」
「他の人は?」
「うむ、不二咲君や十神君、霧切君や江ノ島君はもう起きて食堂にいる。他の者はまだだ。朝のチャイムは鳴ったというのにたるんでいる!」
「石丸君は食堂に行かないのか?」
「僕はここで皆が起きてくるのを待っている。君も早く食事に行きたまえ!」
「分かった。石丸君も早く食堂に来なよ? それじゃ」
お腹をさすって空き具合を確認しながら食堂に入る。あまりお腹は空いていないけど、これから何があるか分からない。何が起こっても不思議ではないので無理にでも食べるべきだな、と判断する。
食堂には霧切さんと十神君が離れた席に座り、カップを片手に休憩していた。
「霧切さん、十神君、おはよう」
俺の挨拶は二人の一瞥だけで終わり、俺はそれが彼ら流の挨拶なんだろうと苦笑した。石丸君は他に江ノ島さんや不二咲さんが食堂にいると言ったけど、厨房の方だろうか?
厨房に入ると、江ノ島さんと不二咲さんがキッチンでなにやら騒いでいた。
「そこ! そこでたたんでいく!」
「わっ! わぁっ!」
「やっぱ箸じゃ難しいって。素直にフライ返しでやんな!」
「あっ! もうだめだよぉ……っ!」
「大丈夫だって! ほらここを、んん、こうやって……」
「わっ、うぅうっ、わわわっ」
「そうそうその調子、んっ」
「あー、ぅぅうぁ、ぁー、うぁぁ〜……」
「二人とも何してるの?」
「あ゛ー! ちょっと貴暮邪魔! 話しかけんな!」
「ご、ごめん……」
俺の声に反応して身体の向きを変えようとする不二咲さんを、江ノ島さんが阻止する。「アイツのことはいいからこっちに集中!」「は、はい!」とスパルタだ。何をしているのかと近づけば、不二咲さんが卵焼きを作っているらしいことがわかった。
卵焼き用のフライパンで、必死にお箸でたたもうとしている。破けまくっているらしく、「あうっ!」「ぅぁっ!」と不二咲さんの悲痛な声が幾度も聞こえた。
俺に背中を向けている二人の会話は、聞きようによっては、その、……いいかもしれない。目を閉じて瞑想でもしていようかと、そんなことを真剣に考えていると二人の歓声が上がって、少し遅かったかと後悔した。
絶妙なタイミングでくるりとこちらに向いた江ノ島さんに、身体がびくっとした。
「ちょっと貴暮、皿出して」
「えっ、あぁ、分かった」
食器棚のガラス戸を開け、高いところに置かれたお皿を取り出す。長方形の青い皿を俺の後ろで待っていた不二咲さんに渡した。
「はい、不二咲さん」
「ありがとぉ……!」
受け取った不二咲さんは嬉しそうにぱたぱたと戻り、フライ返しで危なっかしくお皿に移していく。お世辞にも綺麗に巻けたとは言えない卵焼きだが、江ノ島さんは「いい感じじゃん!」とにっかり笑った。
彼女の言葉に嬉しそうに笑う不二咲さん。俺はその二人のやりとりに顔がほころんだ。
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