男はしゃがみこんでいた。長ったらしい髪をゆらゆらと揺らしそこで、虚ろな目をしていたと思う。そうして何をするでもなく、ただ煙草をふかしてゆっくりと前のめりに倒れ込んだのだ。
どさりとした重い音に視線を下げると男はどうしてか、泣いていたけれど、数回だけ瞬きをするとそれは笑みに変わり、真っ赤な血液にまみれた腕を伸ばしてきた。だけれどそれに温かな体温は感じられず、冷えているのかとも思えたが、それとはどうやら違うらしかった。
男の口から吐かれた煙が、風に流されて体を掠めていく。においに敏感な鼻は、それさえにもしっかりと反応してしまい、思わず顔をしかめた。ゆっくりと絡み付く指の重力から逃れ、寝転がる男の頭上で体を丸めると眉を下げながら笑われた気がした。黒い自分の体の下に、まばらに広がる銀色が、少うしだけ気持ち良い。毛並みの悪い、体を舐めながら、目を浅く閉じる。
「つれねぇなあ」
ここお前の寝床かあ…悪いな、勝手に使ったりして。なあ、お前はなんでこんなとこにいるんだあ?
「にゃー」
疲れただけだと、男が気づかぬうちに呟いたそれと同じように鳴いてみせたが、もう一度伸ばしてきた手によって頭を撫ぜられたせいでそれは聞こえなかったかもしれない。
「お前も、ひとりかあ」
ひろい、広い、海の防波堤、男の目の中には、赤い目の黒猫が映っていた。吹き抜ける風に体ごと持っていかれそうになりながら、どこか遠くを見つめる男の手は、冷たく固かったけれど、どうしてか儚く感じられた。憶測だが、どうやら男は、死なないらしい。目を閉じるとうねりをあげた轟音が聞こえた。
呼吸を忘れたさかな