Omnia mutantur
全てのものは変化する。
今日はまさに、変化の日だった。


最初に目に入ったのは見覚えのない天井だった。
今、自分がいるのはベッドの上
起き上がり、周りを見ればたくさんの写真立てとアルバムで一杯になっている棚。
それしかない部屋。
ここは、どこだ?
何気なしに頭に触れてみれば包帯が巻かれている。
えっと…何してたんだっけ?
ってか何があったんだっけ?

「あれ…?」

やっとそこで異変に気づいた。
記憶が全くない。
ここがどこか、どころか自分の名前すら思い出せない。
この上ない恐怖に、背筋が寒くなる。
そうだ、携帯。
個人情報の塊とも言える携帯さえみれば、自分の名前や人間関係、最近の出来事くらいはわかるだろう。
少しでも自分についての情報が欲しい今、それがわかるだけでも十分な気がした。
とりあえず枕元を探ると何かが手に当たって倒れた。
写真立てだ。
自分が写っていて、その両脇に男性が二人。
歳はそこまで離れていないように思う。
写真には『HAYATO HIKARU引退記念』と書いてあった。
………やっぱり、そんな名前は記憶にない。
一緒に写真に写っているくらいだから知り合いなのは間違いないだろうが。

(よく考えれば自分の名前もわからないのに、自分の携帯かどうかなんてわかるわけないか)

そういう結論に達し、この部屋を出ることにする。


扉を開けると一人の青年が椅子に座って静かに本を読んでいた。
なんか…見覚えがある、と思ったらさっきの写真に写っていた人物だ。

「えーっと…」

「ああ、起きたんですか」

「あ、はい。起きました」

どう返していいかわからず、そう言ってみたら笑われた。
何故。

「あなたがそうやって、敬語を使うなんて珍しいですね。頭でも打ちましたか?」

ぽかん、としていると彼は何かに気づいたのか目を伏せて続ける。

「すみません。冗談が過ぎました。本当に頭を打ってましたね。何処か、痛みがあったりはしませんか?」

「いや、特に………」

そうですか、と彼は息を吐いた。
口振りからして俺を知る人物のようだ。

「起きて早々申し訳ありませんが、少し質問をさせてもらってもいいですか?」

「いいけど…」

「あなたは一体、どこまで覚えているんですか」

まるで俺が記憶をなくしているのを確信しているかのような質問にドキッとした。
そんなわけない…はずだが。
ここはいっそ、自分の状況を教えてしまったほうがいいかもしれない。

「どこまで、と言われても…。何も覚えていないんだ」

彼の眉間に皺がよる。
だが、思ったほどの動揺はない。
もしかして、本当に記憶がないことを確信していたと言うのか。

「やはり…そうなんですか」

「やはりって、わかってて聞いたんだな!頼む、おまえの知ってることを教えてくれ!俺は一体何なんだ!?」

身を乗り出して半ば叫ぶように問いかけると、今度はそれこそ驚いた顔をして俺を見ていた。
なんか変なこと、した?

「……あなたの名前は鴉羽颯です。年齢は16歳、それから……」

その顔も一瞬で、何事もなかったかのように彼は俺の問いかけに答えてくれた。
俺には兄と双子の姉がおり、名前はそれぞれ曄と湍。
そして先月、アーティストを育成する芸能専門学校『早乙女学園』を湍と共に卒業。
今はシャイニング事務所に所属する作曲家らしい。

「兄が曄ってことは、あんたはハヤトさん?」

「いえ、違いますが…どうしてそうだと?」

「さっきの部屋に俺と兄とあんたが写ってる写真があって、『HAYATO HIKARU引退記念』って書いてあったから」

「なるほど。あれは私の兄です。あなたと同じ双子でして」

「どーりでそっくりなわけだ。じゃあもしかして初対面か?」

「そうです」

なんだ、残念。
ん?じゃあどうして彼はここにいるんだろ?
…まぁいいか、それどころじゃないし。

「それにしても、記憶を失っていても話し方や仕草は変わらないんですね」

「は?」

「その男性的な話し方や仕草は普通ではないでしょう。記憶を失っていてもそういう習慣、と言えばいいんでしょうか?それはかわらないんですね」

「あー、そういえば無意識にこう話してんな。そっか、これが俺なのか」

一つ、自分についてわかった。
それだけでもひどく安心する。

「いいんですか、そんなに無防備で」

「ん?」

「おかしいと思わないんですか?私とあなたは初対面なんですよ?そんな口調や仕草を詳しく知ってるわけないじゃないですか」

言われてみればおかしい。
けれどもハヤトさんと面識はあるのだ。
彼から話を聞いていてもおかしくないとは思うが。

「ちなみにここは曄の自宅です。友人の弟とはいえ、そう簡単に入れる場所ではありません」

「ちょっと待て。おまえ、一体何が言いたいんだ?」

俺に近づいてくる彼のただならぬ雰囲気にゾッとする。
思わず数歩、後ずさった。

「私はあなたに危害を及ぼす人物かもしれない、ということです。………こういう風に」

一メートルほどしかない距離を一気につめ、彼は俺の腕を掴んで無理矢理引っ張った。
体格差もあって彼の力に反抗できるわけもなく、そのままさっきいた部屋に放り込まれる。
扉の閉まる音。
鍵がかかる音。
あっという間の出来事だった。

「嘘ッ!?ちょ、開けて!!開けてくれ!!」

「それはできません。あなたにはここにいてもらいます。安心してください、衣食に困るようなことにはしませんから」

「そういう問題じゃ…!!」

「ええ、わかっていますよ。これは私のエゴです」

足音が遠ざかる。
嫌だ、どうして、どうしてこんなことに……!!

「何で…………ッ」

そういって俺はその場に泣き崩れた。
ただでさえ記憶がなくて不安なのに部屋に閉じ込められるなんて。
怖い、誰か助けて………






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