君と奏でる夜想曲(2/2)



「セレネもやってみたらどうだ?」

あまりに必死に訴えてくるものだから一つ提案をしてみる。勿論俺にも都合の良い提案だけれど。
セレネの肩がやはり寒そうだったのでそことなく制服の上着を脱いで肩に掛けてやった。

「あ、そっか!」

作戦会議や任務先ではもっと知的に慎重に物事を考えると言うのにセレネときたら俺の隣にいる時は俺の言葉を疑いもせず賛同してしまう。信頼されてるんだな、悪い気はしない。

「でもほら…届かないよ…」

むうっとセレネの唇が尖る。
薄く色付いて月明かりに照らされグロスが妖艶に光るセレネの唇。噛み付きたいような衝動を抑えて少しだけ頭を俯けてやる。

「これでいいか?」
「うん、髪も退けるよ」

セレネの手が伸びてきて、俺の左側の髪を耳に掛けられる。その時耳に触れたセレネのしなやかな指に既に俺はドキドキ胸が高鳴ったのだけれど、秘密だ。

「あ、ピアス」

セレネの目前に晒された俺の左耳を暫く見つめていた彼女が不意に呟いた。セレネが先ほどのピアスを買った時、対になるもう片方のピアスを貰っていて、今俺はそれをセレネと同じ左耳にしていたのだ。忘れていた。言ったら怒るだろうな…

「してくれたんだ?お揃いとかスコール嫌がりそうなのにね」

セレネ以外とだったらそりゃあ嫌だ。

「似合ってるね、やっぱり」

艶やかに光る唇が新月みたいな湾曲を描く。そんな光景につい息を飲んでしまいそうになった。紛らわしたくて真っ黒に塗られた空を見上げると大きな月が煌々と佇んでいる。逆に飲み込まれそうな大きな満月。

「セレネだって似合ってるだろ」

そう言って彼女の左頬を包んでそっと撫でてやると擦り寄るみたいにくっ付けてきた。

「じゃあほら、耳貸して?」

あまり高く無かったヒールからセレネが背伸びして俺の左耳に唇を近付ける。何をしてくれるんだと内心楽しみな俺。視界はセレネの髪が少し入ってるだけでほとんど澄んだ星空が占拠している。

「スコール」

耳にセレネの息がかかってくすぐったくなる。予想していたとは言え僅かに自分の左肩がひくりと動いた。満足そうに笑うセレネの吐息がクスクス伝わる。

「何笑ってるんだ」
「だってスコールも震えたから」

それは不可抗力だ。
澄んだ心地良い笑い声を左耳に感じながらセレネの背を撫でる。

「スコール、だいすき」
「っ…」

そうしたら彼女に不意討ちを食らった。耳朶に唇をくっ付けてそう囁くとそのままセレネの唇が開いて耳朶を食まれる。抵抗しないでいるとやんわりと甘噛みされて盛大に肩を跳ねさせてしまった。

「っセレネ…」

驚いて肩を掴んで少し距離を開けると悪戯に微笑んだセレネの顔。ぺろっと赤い舌が唇から覗いた。

「いつものおかえ……っん!」

セレネに舐められた左耳が夜風に当たってひやりとする。対称的に熱が上がった心。悪戯に出した赤い舌が妖艶に俺を誘うそれにしか見えず唇を塞いだ。

「んふ…んんっ…」

早急に舌を探し当ててつつくと観念したようにそれが絡められる。唇を少し離して彼女の舌に吸い付いてやる。背に回した腕でもっと引き寄せて腰辺りを撫でながらまた深く口付ける。

「スコー…ル、」

角度を変えてまた啄むと絡まる舌に合わせて水音が響く。しんとした夜の景色に溶け込むように響くそれ。ガラス一枚隔てた向こうにはガーデンの関係者や同級生、後輩、様々な人がいるというのに。

「スコール…あんまりすると…」

我慢が出来ないよ、
ぬらりと艶やかさを増した唇が夜風よりも小さく呟いた。それはセレネだけではない、俺も一緒だった。けれどここはパーティー会場のバルコニーで、すぐそこには大勢の人間。さすがに俺自身こんなところでセレネを無防備にしたくない。

「…抜け出すか」

繊細な白い手を壊れないように掬い取って、何食わぬ顔で会場を突っ切る。途中聞こえた冷やかしの声は今日は聞こえなかったことにしといてやるか。

「スコール」




夜の静寂の中、君と奏でる夜想曲。

*fin*



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