きみのなまえ(5/5)



次の瞬間には何か鈍い音がして、わたしにのし掛かっていた黒い影が無くなっていて、白い白い大きな月が見えて…――




「やっと覚えたのか、俺の名前」




その月明かりに写し出されたのは、先ほど口走った名前の持ち主の不敵な笑みだった。


「悪いがあんたにこいつは渡さない」
「子供が何を言う」

スコールが肩に担いだガンブレードを男に突き付けて真顔で牽制する。わたしはそれを倒れたままぼうっとスコールの後ろで捉えていた。

「まあいい、こいつが記憶を取り戻したらなんというかな。それまでせいぜい仲良しごっこを続ければいい」
「逃げるのか?」

ぴしゃりと切り捨てたスコールを一度鋭く睨んで男は背を向けた。

「子供があまり調子に乗ると、後で痛い目に合うぞ」
「英雄とやらも落ちぶれたもんだな」

今度の皮肉には何も返さずにしゅん、と男は消えた。チッと強く舌打ちをして男の消えた方を睨んでから彼……スコールは急いでわたしを振り返って背に手を回して抱き起こしてくれる。

「遅くなって悪かった…何もされてないか?」

少し伏せ目がちに言われて、自分の格好を思い出して慌てて破かれた前を引き合わせる。派手にやってくれたもんだ。服、これしかないのに。

「だい…じょぶ、」

声を出して自分で驚いた。
震えていて上手く言葉が紡げない。情けない…本当に情けない。あれだけで結局何もされなかったのに体は立派に恐怖を感じていた。

「っ…ごめ、」
「…セレネっ…」

謝ろうとしたら視界が一気に真っ暗になった。驚いて顔を上げるとすぐそこに端正なスコールの顔があった。青い瞳とぶつかってあまりの近さに思わず顔を逸らした。

「怖い思いさせた…」

ぎゅっと背中に手が回されて強く強く抱かれた。どうやら震えていたのは声だけではなかったらしい。体もカタカタと震えていたようだった。

「スコール……っスコール…」

背中にあるスコールの手が、前から感じるスコールの熱がすごく暖かかった。あたたかくて、酷く安心できた。堪えていた涙がボロボロと落ちてきてスコールのシャツを濡らす。

「やっと覚えてくれたんだな」

耳に聞こえたスコールの声がとてもとても優しいそれで、すごく胸が苦しくなった。思わず涙いっぱいの目で彼を見上げると、

「もう絶対に忘れられなくしてやる」

すごく優しく微笑む彼の唇が深く深く重ねられた。





*





震えがなんとかおさまると、急に恥ずかしくなって頬が熱くなる。少しだけスコールと間合いを取ると、何故か黙ってスーツを脱がされた。

「スコール?」
「役に立たないだろ?これ」

ファスナーの壊れた黒いスーツでは破かれた前は隠せない。

「これ、着てろ。
隠れないよりマシだろ?」

スコールが着ていた黒い上着を着せてしっかりジッパーまで上げてくれる。けれど元々丈の短いスコールの上着だから、お腹辺りは隠れないんだけど。

「ありがとう」

その優しさが嬉しかった。
それと同時に、今まで名前を覚えられなかったこと心の中で秘かに謝ったのだ。

「セレネ」
「なあに?」
「セレネ、」
「?」

黙っているとまた名前を呼ばれたので、もしかしてと思い笑顔を浮かべてハッキリと言葉にした。



「スコール!」

上出来だ、と頭をぽんと撫でられて、また唇を塞がれた。





もう絶対、忘れないよ。
きみのなまえ、スコール―――


*fin*



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