きみのなまえ(4/5)



突如背後に何者かの気配が現れる。返ってくるはずのないわたしの問い掛けに、知らない落ち着いた声からの返答。

「っ…!」

振り向いた時には遅かった。
男は既にそこにいなくて、後ろに感じた嫌な殺気。咄嗟の判断で黒いスーツの内側、ワイシャツの上に革のベルトで固定してある少し大きめのサバイバルナイフを引き抜いて、柄と刃の部分を抑えてそれを受け止めた。

「受け止めたか」
「っ…あんたは」

間一髪で相手の一振りを受け止めてからその武器を見てみると男の身の丈を軽く越す長い長い刀だった。あれで一突きにされたら串刺しものだ。

「やはり記憶はないのか」
「っ…!」

太刀筋が見えなかった。
頬がヤケにヒリヒリするから、多分一筋やられた気がする。深くはない、かすっただけだ。

「仕方がないな」
「っ」

今度はしっかりとその刃先に集中する。
下からの一振りを避け上からの、左右からの、とにかくなんとかして全てを避け、片膝を地面につけながら男の刃をナイフでまた受け止める。

「俺と一緒に来てもらう」

何を馬鹿なことを…その時初めて男の顔をしっかりとみた。ちょうど月明かりではっきりとよく見えた顔。銀色に輝く夜風に靡く長い髪が印象的だった。
―――どこかでみたことある…?

「嫌だと言ったら?」

けどいきなり攻撃を仕掛けられたのだ。雰囲気からしても仲間ではないだろう。いくら名前を覚えるのが苦手でも人相や容姿はなんとなく覚えているし。あの集団の中にこんな仲間はいなかった。

「あまり手荒な真似はしたくないのだがな」

男は不敵に笑うと刀を振り抜いてわたしを吹き飛ばす。されるがまま地面に転がり急いで顔の前でナイフを構えるが呆気なく手首を掴まれて振り払われる。キンッとナイフが転がって離れていった。

「っなにを…」

そのまま手首を一纏めにして取り押さえられ、男に押し倒された体勢になる。身の危険を感じて足をバタつかせようにも乗り上げられていて不可能だった。妖艶に笑う口元が月明かりに写し出される。

「抵抗しないのか?」

しないんじゃなくて出来ないんだよ…。ダメ元で腕を動かしてみても、起き上がろうとして見ても男の力には勝てず本当に無駄だった。

「っ離して!」

悔しさらから視界が揺らぐ。
こういう時本当に女っていう生き物は力がないわけで、己の無力さを突き付けられる。いくら射撃の腕が良くとも、いくら料理が上手くたって、なにも役に立たない。

「っ…!」

情けない。それで泣くなんて。
手を拘束していない方の男の手がゆっくり顎を撫でて、するりと黒いネクタイを外される。しゅっと引き抜かれてそれで腕を縛られる。

「っやめ…!」

無駄だと解りながらも力を振り絞って抵抗する。けれど簡単に腕は縛り上げられてしまい無意味に終わる。乱暴に黒いスーツの前のファスナーを壊されて白いシャツのボタンが引きちぎられる。

「っ…」

ぶちぶちと小さなボタンが飛び散って、コロコロ転がって遠ざかっていくのを何処か冷静な思考で見ていた。ああ、女っていうのは本当に…

「おまえが黙って俺についてこないのが悪い」

露になった肌に直接触れられて、男の手が背中にあるフックを外そうと動く。
―――っ…やだ…本当に…っ…
もはや恐怖しか心を支配していなくて、なにも考えられなくなりそうな頭に浮かんだ言葉。




「っ…スコールっ――…!!」

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