背徳のコンチェルト(5/5) ―――囚われてるのは、自分自身だろ… 「自分、自身…?」 胸ぐらを掴んでいた手がゆっくり離された。 「セレネはどうしたいんだ?死にたいのか?償いたいのか?」 「わたしは…」 死にたいの?ううん、…違う…。 償いたいの?それも違う、だって殺したのはわたしじゃない…わたしは…。 「許され、…たい」 ポツリと口にした途端、絡まってほどけなかった糸がゆっくりほどけかけたようで、堪えきれなくなった何かが瞳いっぱいに溢れてきた。 「許して、ほしい…」 助けられなかった君を。 助けられなかった君に。 「スコー…ル…っ…」 顔がぐしゃぐしゃに歪む。 何かに縋りたくて目の前の大きな肩にしがみついた。そっと腰と背中に手が回ってきて、あやすように擦られた。 「許されたいんじゃない、許してやるんだ…自分で自分を苦しめてどうする?」 背中にあたる手がレザー越しなのにあたたかくて、どうしようもなくて視界が歪んで何も見えない。いいのかな、彼の優しさに甘えても。 「ずっと謝りたかった。助けられなくてごめんって。でもそうしたら、わたしの中であいつが消えてしまいそうで…わたしの中で終わらせる訳にはいかなくて。謝ったらいなくなってしまいそうで…。 だから決して謝れなかった。終わらせちゃいけない、あいつの苦しみをわたしも味わわなきゃって、あいつの死を背負って生きなきゃって、」 震える声をなんとか繋いで言葉にした。そうしたら「それだけあんたに思われてるそいつが羨ましい」なんて言われたけれどよく理解できずにわたしは続ける。 「でも、違うんだね。あいつはきっとそんなこと望んじゃいないんだ。あいつ――…ザックスだったら…」 ―――セレネは幸せになれよ きっとそう言う。 太陽みたいに大きな笑顔で。 「わたしは…自分を許していいのかな」 「そいつは望まないんだろ?セレネが自分自身を縛り続けることは」 きっと、そう。 他人を疑うなんて知らない、誰かの所為にして非難するような人間じゃない。自分の運命ならば当然、勇ましく受け入れて見せるだろう。 「あいつ、馬鹿だから…」 上司でも尊敬する先輩でも、疑うことを知らない真っ直ぐな犬みたいで。 「きっと…そう、…うん」 胸の奥深くでつかえていた何かがすうっと外れて、真っ暗だった部屋に小さな光が灯った。綺麗な綺麗な、夜空みたいに輝けば良いのに。 「スコール…、ありがとう…」 星を散りばめてくれたのは君だった。 輝く星の様に綺麗には笑えないけれど、精一杯の笑顔を浮かべて彼を見上げた。静かに瞼にスコールの唇が降ってきて、抱き直されてもう一度深く唇を合わせあった。 「あーらーらん♪」 突然耳に入り込んできたのは楽し気に笑う、けれどどこか感情の無い様な声音。 「今日は客が多いな」 少しも取り乱さずにスコールはわたしを庇うようにしてその道化を睨んだ。 「ケフカ」 赤と青のチグハグなコントラストに真っ白な顔。施された道化のようなメイク。奇抜な格好はどこにいても目立つ。 「悲劇のヒロインちゃんが正義の孤独なヒーローくんに救われちゃった感じ?ね、ね、今どんなきーぶーんー?」 「お陰さまで、最高だけど」 嫌味たっぷりに笑ってみせるとケラケラと笑い返されて、彼は宙で腹を抱えてひっくり返る。つんざくような笑い声にスコールも頭が痛そうだ。 「うんうん、最高最高。」 「あんたのお陰でな」 スコールの嫌味に再びケラケラ笑ったあと、ふと興味無さそうに鼻に小指を刺し邪魔なそれを取り除くような仕草を見せながらこう言った。 「どうでもいいですけどお、どう足掻いたって君はこちらの人間。可哀想なセレネちゃんなのは変わらなくて、曲げようのない事実。」 「何が言いたい」 指先についたくずをぽいっと何処かに飛ばすと物凄く楽しそうにこちらを見た。 「悲劇のヒロインちゃんに与えられた結末は、簡単には変えられないって、こーとー!」 「っ…」 わかっている。 所詮自分はカオスの駒にすぎない。この戦いでスコールたちコスモスの味方をしたとて、必ずしも待っている結末がハッピーエンドなわけじゃない。それでもわたしは… 「毎回決まった結末じゃ、観客が飽きるからね。たまには最高の結末を演じて見せなきゃ」 そう、あいつだって、きっと最高のハッピーエンドを選んだんだ。 「闇と光の協奏曲も、悪くないな」 「お互い主張しあってとんでもないハーモニーになりそうだけどね」 「煩い道化よりいいんじゃないか?」 けっ、と面白くなさそうに踵を返すケフカ。何やらぐだぐだと吐き捨てていたが気分がいいので聞かなかったことにしよう。 やはり道化も英雄もこの突き抜けるような大空を携える草原は似合わない。そして多分、わたしも… 「スコール、聞いてほしいの」 けれど、もう、囚われたりしない。 「クリスタルは…」 ほんの少しの間でも、 君の隣にいれるなら、 「今は聞きたくない」と言葉を遮られて今日何度目かわからないスコールの唇の熱に酔いしれた。 *fin* |