背徳のコンチェルト(4/5) ぞくっと背筋が震え上がった。 低くて掠れた声が耳元で苦しそうに吐き出された。途端にいっそう強く掻き抱かれて、訳がわからなくなった。 「知っていた… あんたが俺を可哀想な子供でも見る目付きで見ていたのは。」 驚いた。知っていた…? 「クリスタルの在処も、俺と闘う気も、教える気も無いんだろうと頭で理解していた。」 だったら何故、毎日のようにわたしにクリスタルの在処を聞きに来たのだ。わたしに闘うよう話を持ちかけたのだ。 「…あいつとどういう関係だったんだ」 「え?」 「さっきの男だ」 わたしの中で芽生えた疑問には答えてくれなかった。代わりに質問をされる。さっきの男、セフィロスのことだろう。 「…スコールには関係…っ」 「関係無い」と最後まで言うことは叶わなかった。何故なら、さっきの英雄よりは優しかったが少し強引に顎を引かれて、かさついた唇を塞がれたのだ。 「ん…ふ、…!」 彼を引き離そうと動かした手を呆気なく掴まれ、近くの大木に押し付けられて後ろに後ずさることも封じられる。熱い舌が絡められて思考が奪われてしまう。 ゆっくりとそれが引っ込んで、つぅっと糸が引いて唇が離れた。けれど彼の顔は近付いたまま、今にもまた塞がれてしまいそうな距離。 「質問に答えないと、このまま最後までするぞ」 「なっ…!」 最後まで、多分そういうことだろう。 話そうか話すまいか、考える権利は与えられなかった。すぐに唇を奪われる。彼のか自分のか、湿った唇が何故だか心地よかった。 「はっ……」 「…決まったか?」 上がった声を漏らすと啄むように唇を重ねられて問われる。決まったかなんて白々しい。最初っから拒否権なんかないでしょうが。 「……元の世界で、」 素直に話そうとするわたしもわたしだろうか。けれどどうしてだか話してみる気になった。彼から与えられた熱に浮かされたのかな。 「たまに一緒に任務をこなしてた、仕事仲間みたいなもんだよ」 これは本当のことだ。 英雄セフィロスとエリート社員のタークス。滅多なことでは同じ任務にはつかないが、お互いの名前くらいなら知っていたし実力だって知っている。 「成る程。あいつが言ってた、あんたの罪と言うのは…」 それを聞くか。 出来れば一番聞いてほしくないし一番言いたくない。でも聞かれてしまった。目で訴えるようにスコールを見てもただ真っ直ぐに見つめ返されてどうしようもない。ああ、この目に弱いかもしれない。亡くした友人と被る青い青い瞳に。 「……戦友だった。」 吸い込まれそうな青い瞳を見ていられなくて、視線は逸らしてそう呟いた。何なんだ今日は。これではわたしが惨めで可哀想な奴だと懺悔しているようだ。 「けど、セフィロスに殺された」 そう、あいつはあの日、セフィロスと同じ任務について。…違う。 「…いや、神羅に殺された…」 止めを指したのは神羅だ。 蟻のような大量の一般兵たち。―――…いや、違うんだ…。 「殺したのはわたしだった」 「!」 そうだ、殺したのはわたしなんだ。 あいつを見殺しにして。神羅を裏切れなくて、会社の指示に従って、最期に交わした言葉さえいつだったかわからない。どんな言葉だったかさえ。どんな風にあいつは笑ってた?どんな風にあいつは話した? 「わたしが…殺した…――!」 怒りで手がうち震える。 自分に対するものか英雄へのか、はたまた会社に対するものなのか。許せなかった。自分が。あの時硝煙の臭いと大量の銃声が鳴り響くあいつの死場所に、一人ででも命令を無視して乗り込めばよかったんだ。 「…っ…わたしが代わりに死ねばよかったのに!!」 「ふざけたことを言うなっ!!」 ぐっと肩を痛いくらいに掴まれた。 無理矢理視線を合わせられて、スコールが声を荒げたことに驚く。けれどささくれだったわたしの心は説教なんて受けたくない。 「ふざけた?何も知らないくせによくそんな白々しいこと言えるね。いいよね、子供は自由でさ。会社も組織も、なんのしがらみも責任も背負わなくて、人だって殺さなくていいんでしょう?」 「っ…!」 今度はガッと胸ぐらを掴まれた。挑発するように彼を睨むと今にも殴られるんじゃないかって形相で睨み返された。なんだ、そういう顔出来るんじゃないか。いつも涼しい顔で他人を馬鹿にしたように見えるのに。 「あんたの元の世界のことなんか俺は知らない。自分の記憶すらまだ無いんだ、わかるわけないだろ。けれど数日間あんたを見てきて、あんたの遊びに付き合って、あんたの性格ぐらいならわかるけどな」 「あんた、あんたって、わたしにはセレネって名前が…」 話を聞け、と言わんばかりに凄みを聞かせてまた睨まれた。苛立ちに舌打ちを一つ響かせて再度相手を見据えた。 「いつも涼しい顔して、他人を馬鹿にしたように心の中で見下して、自分のことは何も話さない。それなのに今度は“何も知らないくせに”だと?ご都合主義もいい加減にしてほしいもんだな。良い大人が自分が死ねば良かっただの俺が可哀想だの、」 耳を塞ぎたかった。 彼の言ってることは正論だ。 子供に説教されて反省するなんて、なんてダメな大人だ。怒っているんだろうが彼が冷静に並べる言葉に頭が鎮火されていく。ああなんて、情けない。 「あんたが……、セレネが囚われてるのは、自分自身だろ…」 |