背徳のコンチェルト(2/5)



その時可哀想なこの男の肩越しにゆらゆらと揺らめく透明な何かが見えた。まがい物の駒だ。わたしは視線を向けずポーカーフェイスを崩さず彼と話を続けた。

「闘ってほしいの?わたしに」
「出来れば手荒な真似はしたくない」

ほら。わたしが詠うように聞けば面白いほど真剣に返してくれる。話す気など更々ないのに。まがい物がまた一歩、一歩と歩みを進める。彼は気付かない。

「でも話しちゃうと他の混沌の奴らに殺されるかも」
「…その時は俺がなんとかする。ただでとは言わない、あんたの事は…」

馬鹿馬鹿しい。
人の身の安全を保証してくれる前に己の身の心配をしてくれ。ほらもう、すぐそこにクリスタルの様なイミテーション。

「危ないよ?スコール」

わたしがくすりと笑うと、魔女の風貌のそれが氷の様な鋭い矢を目の前の男目掛けて幾度も放ってきた。無論わたしには当たらない。混沌に身を置く者だから。

「っ…!」

彼はくるりと背を返すとタイミングよく全部の攻撃を構えたガンブレードで受け流す。成る程、立派なそれはただの玩具では無いようだ。
魔女のまがい物は喜怒も哀楽も感じさせないような動きで藍色の重力波を放つ準備体制に入る。あれを直に食らうと辛そうだ。身構える彼は左手の掌をゆっくり揺らめかせた。まがい物が重力波を放つと同時に彼も魔法攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
闇色に変わる重力の球体、掌からパチパチと散る小さな火花。重力波がこちら目掛けて放たれた後すぐに、彼はその軌道から逸れ構えた手を降り下ろす。バチバチと可愛くない音をたてて雷鳴が乾いた草原に打ち落とされる。

『…!』

諸にサンダーを受け怯んだまがい物に、地を蹴った彼は一瞬で詰め寄る。リーチの長い一振りが当たると続けて容赦なく切りつけていく。

「へえ、なかなか強いんだ」

聞こえない距離だったが関心から小さく呟いていた。何度目かの攻撃の最後に刃が弧を描くと、赤い爆炎が背の低い草とまがい物を吹き飛ばす。爆風に乗って後ろに下がった彼と対照的に、魔女のまがい物は大木に叩き付けられるとゆらゆらと消えていった…――ように見えた。

『………』

彼が急いでこちらに戻ってくる。「怪我は無いか?」と闘ってもいないのに心配された。まだアレには息があるというのに。ピクリとまがい物の指先が動く。

「っスコール!」

わたしが叫ぶと矢の如く尖ったそれが一つ彼目掛けて放たれた。見たことがないんだろう、わたしが叫んだことに驚いて後ろを振り向く。間に合わない。

パァンッ

咄嗟に腰のホルスターから黒い銃を引き抜くと、わたしは彼を捉えた矢目掛けて発砲していた。パリンッと割れたのか弾けたのか、それと同時に今度こそまがい物がゆらゆらと消えた。

「助けて、くれたのか…?」

彼はまた驚いた。
なんで助けてしまったんだろう。矢が突き刺さって悶え苦しむ彼こそ可哀想で見応えがあったに違いないのに。咄嗟に動いた自分の体が恨めしい。

「腕は落ちていないようだな」

そこに冷たい声が響いた。
ひくりと喉が震えた。緑の草原が酷く似合わない冷酷に笑う銀髪の男がわたしの背後に立っていた。

「っあんたは…!」

少し先にいたスコールが男を睨んで再度ガンブレードを構えた。わたしは銃をホルスターにしまう。

「セレネ、なんでこいつを助けた?」

英雄が笑う。冷たく笑う。
背後から手が回ってきて顎をぐいっと持ち上げられた。自然上向きになる頭。耳元で冷たい息吹が聞こえる。

「その手を離せ」

冷たいのとは違う、冷静らしい彼は静かに英雄を睨み付ける。わたしはピクリとも動けない。

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