![]() ![]() 「ここは……」 目的の場所に着いた頃には既に日が傾いて薄暗くなりつつあった。 「ニブルヘイム」 セレネはフェンリルから降りると村の入口を呆然と見つめていた。そんな彼女を見てクラウドが口を開く。 「正確には、ちょっと違うけど、な」 そう、自分やティファが幼い頃を過ごしたニブルヘイムの町はあの時セフィロスによって全て焼き付くされた。焼けて焦げ臭い空気を、じわじわと迫り来る炎の熱を、今でも鮮明に覚えている。 「……給水塔、」 「え?」 棒立ちのセレネに近付いて軽く肩を抱いて言った。セレネは驚いたように目を見開く。 「俺がまだ神羅にいた頃、セレネと約束した。仕事が落ち着いたら一緒に俺の故郷に行って、星を見ようって」 その約束は先ほど、見ていた夢によって思い出したのだけれど。こんなに大切な約束をどうして忘れていたのだろうか。 「結局、あの後俺はニブルヘイムへ任務で行くことになって……」 先を紡ごうとしたらやんわりとセレネに制されて、少しほっとする。あまり、語りたくはない思い出だから。 「住んでる人達、みんな神羅の関係の人達なんだよ、ね」 苦しそうな声音で言うセレネに無言で頷いて肯定する。そっと手を握られて、応えるように小さなその手を握り返す。 「気持ち悪いくらいにそのままなんだ、村も、家も、何もかも」 焼かれたはずの村は神羅の手によって全て元通りに再建された。セフィロスの事件を隠蔽するために。けれど、その時焼き付くされたのは家や建物だけではない、人も。 「ごめん、なさい」 セレネが力なく呟いて俯く。 怪訝そうにクラウドは彼女の顔を覗き込む。何故謝罪の言葉が出てくるのだ? 「神羅のしたことは正しいことだとは、思えない」 ここは昔のニブルヘイムではない。姿形が似ていても、住んでいた住人やクラウドの身内はどこにもいない。 「それでも、わたしは……」 縋り付くように抱き付いてきたきたセレネをその胸に閉じ込めると、静かに嗚咽が聞こえてきた。セレネは神羅を裏切れない。わかっている。けれどそんなセレネを咎めるようなことはしない。悪いのはセレネではない。彼女も、振り回された一人なのだから。 「セレネは、セレネだ」 いつの間に辺りはすっかり暗くなっていて、人気の少ないこの場所では尚更誰かに見られる心配も薄い。クラウドはそっとセレネの前髪を退けると額に唇を落とした。 「泣かせるために連れてきたわけじゃないんだ、ごめん」 謝ると勢いよくセレネが首を左右に振った。 「ね、クラウド、あそこ、行こ?」 あそこ、と村の中心にそびえ立つ給水塔を指したセレネ。元よりそのつもりだったのだ。手を繋いだまま備え付けられた梯子までセレネを連れていく。先に上がるように促し、自分もその後に続く。 先に天辺に着いたセレネに次いで自分も梯子を登り終えようとしたとき、頭上から聞こえた感嘆の声に思わず頬が緩まった。 「すごい……」 セレネの目に映ったのは空一面にキラキラと輝く星たちだった。ミッドガルで見る濁ったネオンの空とはまったく違う、綺麗な綺麗な、夜空。藍色に敷き詰められた眩しく輝く星たちに、思わずもれるのは本当に言葉にはならない感嘆符。 「村は変わってしまったけど、この星空だけは昔と何も変わらないな」 そこにあるのは昔と変わらない純粋なままの空と星。何も考えずに勢いだけで愛車を走らせてきてしまったけれど、今日が晴れでよかった。 「やっと果たせた、セレネとの約束」 背中からセレネをぎゅっと抱き締めると彼女の暖かさが腕に伝わる。少しひんやりとした空気と大きな月に、僅かに頭を一つの記憶が過ったが、今目の前にいるのは幼さを残したセレネではない。大人びたその眼差しと視線。ほんの少しだけ(5ミリと言うと怒られる)伸びた背丈。 「ずっと待ってたんだからね」 くるりと振り返ったセレネは先ほどとうって変わって満面の笑顔で。ふっくらとした赤い唇を躊躇い無く塞いだ。 「ん……クラウド」 はじめは触れるだけだったそれを徐々に深く濃厚に絡めていって、しんとした空間に二人の吐息だけがしっとりと響く。 「っ……は、外なのに」 「誰も見てないさ」 星たち以外は。 そう耳許でくすぐるように囁くと、もう一度ゆっくりと唇を奪った。 * 「こんな時間によく泊めてくれたね」 「……悪かった」 あれから長い間給水塔にいたのだが、気付けばとうに夜更けで慌てて近くにあった宿舎にお世話になった。元々勢いで来てしまったため財布と携帯以外に何も持ち合わせていない。セレネなんかはタークスの制服のまま。クラウドに至っては気を失っていた期間何も食べていないわけで。宛がわれた部屋に入るとセレネにやんわりと悪態を吐かれた。 「まあ宿主も神羅の人だろうし、わたしタークスの制服だし」 「………」 悪気はなく発したセレネの言葉に追い討ちを掛けられるクラウド。慌ててそんな彼をセレネが慰めるのだった。 「星、綺麗だったし。約束守ってくれたし、怒ってないよ?わたし」 「……ああ」 少し小さくなってしまったクラウドの背にぴとりと抱き付いて、柔らかな彼の髪を撫でた。 「取り敢えず朝になったら食料調達?すぐ何か作ってあげるからさ」 「そうしてくれると有難い……」 目先の約束を交わしてから、一緒のベッドに横になった。 窓の外には一面の星空が。 散りばめられた星たちは、今も昔も、変わらぬ輝きを放っていた。 *fin* |