情景、その優しさに(1/3)

《隊長……―――すみま、――…ん…》
「っ待って!まだ、……っ」
《朱…雀に、――クリスタルの――護》

COMMよりも感度の良いインカム越しに、堪えきれず思い切り叫んだ。

「待って……!そんな、応答を……!」

ザーザーと嘲笑うような濁った音だけが指令室に響き渡り、慌ただしく動いていた周りの武官も静かに肩を落胆させた。

「0182小隊……!応答しろっ!……っ」

大きく息を吸い込んだ時。

「フィア」

隣にいたクラサメは黙って首を振り、彼女が付けているインカムのマイク部分を覆うように掴んだ。









「とはいえ、これは指揮隊長であるお前の失態だ!幾ら敵の数が予想以上だったとはいえ、適切な指示が出来たはずだ」

ギリギリと、爪が皮膚に食い込んだ。
俯いたまま聞いている軍令部長の声はどこか遠くに聞こえて、何を言ってるかさえよく認識していなかった。“聞いている”ではなく“何か言っている様に聞こえる”の方が正しい表現かもしれない。
哀れむような視線が彼女を突き刺すが、当の本人はそれを気にする余裕もなく。

「指揮について間もないとはいえ重大な責任問題だ。それなりの処分を覚悟して置くんだな」
「……無論です」

そう絞り出すのが精一杯で。
同僚や他の武官も見ている前で無様に怒鳴られていたなんてことすら気付かず。
握った拳を弛めることも出来ず、軍令部長の顔も見ず一礼して踵を返した。
背中に突き刺さる同情の眼差しも、決して彼女は振りほどかなかった。


「っ……!」

指令室を抜けて少し歩いた先。
押し止めていた感情が我慢出来なくなりダンッと廊下の壁を思い切り叩いた。先程から握り締めたままの己の拳で。
小指側の手の側面に痛みが走る。やっとその拳をほどくとじんじんとした痺れが手のひら全体に伝わり、ああ、生きているんだなと彼女を酷く狼狽えさせた。

決死の作戦だった。
数で敵わないとわかってはいたものの、勝たなければならない戦いで。
少し前、自分の部隊の隊長が戦死した。
それに伴い新たに隊長に抜擢されたのはフィア自身で。つい先日まで戦場を駆け巡っていた彼女には着任早々荷の重たすぎる指揮だった。

戦場には立たず、ただ指令室から指令を送るだけ。この間まで肩を並べて共に戦っていた仲間達の声を聞いているだけ。

「っ……くそ」

普段は温厚なフィアがそんな言葉を口にする。人気の薄い廊下の端。誰が聞いているわけでもない。唇を噛み締めた。

軍令部長の率いる隊がおおよそ出した敵兵の戦力。今回の作戦はその“おおよそ”の値を“はるかに”上回る敵の数で。
フィアが指揮する小隊は壊滅した。
勿論、小隊の壊滅は指揮隊長である彼女の責任となり、当初の予想が幾ら外れていたとしてもフィアの責任問題なのだ。

例え軍令部長が故意に誤り“おおよそ”の値を引き出していたとしても。

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