フィアはぎゅっと、クラサメの背中を抱き締めた。抱き締めたと言っても彼の方が背は高い。抱き縋るような形になっている。
「クラサメくんの、所為じゃない」
雨音に掻き消され聞こえないだろうか。
抱き締めたクラサメの背中は暖かい。暖かくて大きな広い背中なのに、何故かとても小さく見えた先ほどの距離。
唇を噛み締めて俯くクラサメの視線の先には出会った時のように、否、確実にそれよりぐったりとした1匹のトンベリが横たわっていた。そのトンベリの頬には×印の傷がついていて。
「……泣いてない」
クラサメの頬を冷たい雫が滴る。
それはもう涙なのか雨なのか判らない。
けれど彼は顔を上げなかった。
フィアは額をクラサメの背に押し付け、ぐっしょりと濡れている彼の体をただ抱き締める。勿論自分の制服も空から降る雨で重たくなっていく。
「うん、ごめん。……空の涙だった」
大きなクラサメの背が、震えた。
「っ……」
ぎゅっと、体の横に付けられていた彼の拳に力が込められる。小さな手でそっとその拳を包み込むと力はふっと抜ける。
ザァザァ ザァザァ
落ちる雨に2人、身を委ねて。
静かにクラサメの腕が伸びフィアの肩を掴むと、握っていた拳より強い力で抱き締められた。肩に、クラサメの顔が埋まる。
フィアの肩を暖かい雨が濡らしていた。
***
「龍神の聖域、1年ぶりかな?」
龍神の聖域へ向かう任務の途中、フィアは横を歩くクラサメへ問いかけた。
最近少し、クラサメを見つめる時に首が痛い。また背が伸びたのだろうか。
「そうだな。龍神の聖域へのミッションの時は、フィアと2人が多いな」
そう、1年前の任務の時もフィアとクラサメ2人だけの任務だった。
気候が不安定で、少しパラパラと雨が降っているこの土地。目的はまず町の人間の話を聞くことだ。けれど彼らの足は町とは違う方向に向かっていた。
「そういえばさ、あの時。クラサメくん泣いてたよね?」
2人が道草など珍しい。
否、初めてのことかもしれない。
ゆらゆらと揺れ動く雨空。
「……泣いてない」
「うそー、絶対泣いてた」
ぷいっと顔を背けたクラサメの表情を覗き込む。なんとも言えない表情で眉間を寄せていた。
「泣いてたのはフィアの方だろ」
「クラサメくんも泣いてたー」
しばらく2人で水を掛け合うと、埒が明かないと判断したクラサメが不意にフィアの腕を引いて。
「うるさい口はこうしてやる」
唇がぶつかる。
話せないようにと塞がれて、慌てて逃げようにも腰を掴まれていて逃げられなかった。
「んん」
「反省したか?」
下唇を舐められたり、食むようにして吸われたりと散々良いようにされ解放された頃には完全にフィアの息は上がっていた。
「反、省って……」
腰が抜けそうになってクラサメに支えられる。恨みがましく彼を睨むとなんとも爽やかに鼻で笑われた。
彼らがこれからミッションの途中、1匹のトンベリに出逢うのはまた別のお話。
*fin*
2012/03/09 了