「フィア!負傷した奴のところに行ってやれ」
ガタン、と椅子を倒して立ち上がった。
これはゆっくりと朝食を取っている場合ではない。早くも出口へ向かおうとするクラサメの背中にフィアは呼び掛けた。
「っクラサメくんは?」
「俺は外の様子を見てくる」
「わかった」と短く告げるとクラサメは町の門の方角へ向かった。彼の背を見つめる暇もなくフィアは扉の横に立っていた男に急げとばかりに腕を引っ張られ、負傷した男の元に連れていかれた。
*
「お嬢さん、本当にありがとう。嘘みたいに痛みが引いたよ」
「傷口を軽く塞いだだけなので、くれぐれも安静にしててくださいね?」
負傷した男の傷は出血は酷かったもののケアルで多少の処置を取れば大事には至らなかった。拝み倒す勢いで感謝されながらも、フィアはクラサメが気掛かりだった。
「そういえばさっき、トンベリを狩っていた男たちにやられたって……」
助けを求めて呼び掛けに来た男は確かそう言っていた。聞きにくかったが、下手気味に話題を振ってみると負傷した男は嫌がらず答えてくれた。
「奴ら最近、この辺りのトンベリを襲って金を荒稼ぎしている集団なんだ」
聞くと男たちは浪人のようなもので、素性はわからないが同じような境遇の者が集まっているとか。トンベリの持つ命のランタンが金になると聞き、そのランタンを奪うためにトンベリたちを襲っているらしい。
(昨日のあの男もきっとそうだ)
考えて見ると昨日見たトンベリたちは皆持っているはずのランタンを手にしていなかったような気がする。
「ありがとうございます、あ、治癒魔法掛けたけど、一応医者には見てもらってくださいね?」
フィアはそう言い急いで立ち上がる。
勿論1人で町の外に向かったクラサメが心配だったからなのだが、他に――。
(っトンベリ……!)
昨日の今日で、あの頬に傷のあるトンベリが心配だったのだ。酷く胸騒ぎがしながらも、門を抜けて辺りを見回す。クラサメの姿はない。
(っどこに)
そこでフィアは背後の気配に気付く。
飛び道具のような鉄の塊が彼女の背後から勢いよく飛んでくる。日頃から鍛えられている反射神経と危険察知能力からか、フィアはそれを軽く回避して見せた。
「っ、あなた昨日の……」
「ようお嬢ちゃん、今日は1人か?」
飛び道具の飛んできた方に向き直ると、昨日クラサメが逃がしてやった男が相変わらずの下品な笑いで立っていた。それだけではない、他にも仲間が数名。
気付かれないようサッと辺りを見回す。
すると少し先の大きな木の幹に隠されるように、自分と同じ空色にはためくマントを見つける。雨を吸って少しばかり暗い色に染まるそれ。
(……構ってる暇無い)
フィアは手を翳して意識を集中させた。
バチバチと雷鳴が轟いた。
ぽつぽつと、先ほど雨足の強まった雨は段々と勢いを増して。その雨を利用して雷を放てば複数いた相手は全員感電したようで。クラサメの元へ走ろうと方向転換した時だ。
鈍色に重たかった空。
雨粒の重たい止まない雨がボタボタと落ち始めた。
「クラサメく……」
走り寄ろうとしたフィアの足は思わず止まってしまった。様子がおかしい。
彼の。クラサメの。
不安定な空から大きな雨粒が次々に落ちてくる。ボタ、ボタ、……ザアァ――
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