情景、その優しさに(2/3)

ふらふらと足元が覚束無くなりそうで。
自分が今まで何をしていたのかさえ気を抜いたら忘れてしまいそうで。壁伝いに廊下を歩く。まだ作戦の事後処理や事後報告が残っていたかもしれないのだがそんな気にもなれずに。

そういえば壊滅した小隊の名簿を指令室に置いたまま出てきてしまったかもしれない。とても大事な名簿なのに。大切な仲間達の名が刻まれた大事な大事な。けれど取りに行くにはフィアには余裕が無さすぎた。

「……どんな、名前が、あったっけ」

壁に付いていた手をまた思い切り殴り付けたくなった。そんなセリフ、どんな顔して自分は今口にしたんだ。
自分自身に嫌悪感。どうしようもない、汚らわしさを感じた。

名簿の名前とノーウィングタグを照らし合わせなければならない。こればっかりは他の武官に頼みたくない仕事なのに。

フィアの足は重たいまま、自分の部屋へと向かっていた。



*



肩が重い。腕が重い。
戦場に出ていたのは自分ではないと言うのに。戦っていたのは紛れもなくこの間まで背中を預け合い信頼しあっていた戦友たちだというのに。

「っ……どうして」

部屋に入っても動く気になれず扉に背を預けたままそのままずるずるとしゃがみ込んだ。このまま自分の意識さえ投げ出してしまえたら良いのに。

「フィア、私だ、クラサメだ。入るぞ」
「っえ」

コンコン、と軽く2回。
ノックの音が聞こえたのを数秒遅れて認識して。当たり前ながら掛けられた声に反応するのは遅くなる。それどころか。

「わ、いった……!」

扉に背を預けていた。聞こえたノックの音に反応して少しだけ背を扉から離し、立ち上がろうとしたフィア。
来訪者はそんな彼女の状況など知るわけがなく、何の悪気もなく扉を押し開く訳であるから。

「すまない、大丈夫か?」

開けた扉が思い切りフィアの背にぶつかるに決まっている。
ゴン、と鈍い音がした挙げ句開かない扉の隙間から声の主クラサメが不思議そうに顔を覗かせた。一応謝ってはくれているが何が起きたのかよく彼はわかっていないに違いない。

「大丈夫です、ごめんなさい」

いたた、と腰を擦りながらフィアは立ち上がって扉の前から退いた。部屋の中にやっと入ってこれるクラサメ。彼は手に何かの書類を抱えていた。

「扉の前で何してたんだ?」

あまり聞いてほしくない質問だった。
それを容赦無く聞いてくるものだから、この人は憎めない。彼女の中ではそういった認識。

「隠れんぼしてたように見えました?」

少し皮肉な返し方だっただろうか。まだ気持ちが落ち着いていないようだ。
けれど彼はそんなこと気にした様子なく涼しい顔で言って退けてくれる。

「自室に籠るのはルール違反だろ?」
「ごもっともです」

規律にうるさい彼らしい返答に、フィアは毒気を抜かれた。

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