まだ時間に余裕はあったもののクラサメだって授業や朝の準備があるだろうに。フィアはそんな彼を一度部屋に返してまたベッドに入った。
しかし、まさか脈を取って「まだ熱があるぞ」なんて叩き付けられるとは思っても見なかった。自分としては薬を飲んで熱が下がっただけで健康になったのだと思い込んでいたからだ。
「クラサメさん物知りだな」
彼女も一応0組の授業やたまに他の組の授業も担当したりはするが。クラサメの方がどちらかと言うと博識な気がする。
上半身だけ起こし、彼が消えて行った扉をぼうっと見つめていると突如、鋭い痛みがまた頭を突き抜ける。
「っ寝、よう」
こめかみをマッサージするように抑えつけ、フィアは布団に潜り込んだ。
*
ひんやりとした何かが額に触れ、とても気持ちが良かった。朝飲んだ薬は早くも効力が切れてしまったのか否か。
まるで天然のサウナのような布団の中で、ぎゅっと握っていた拳をほどいた。
「ん」
気持ちがいい。
氷ではない、タオルでもない、ではそれは何なのか。確認したくても微睡みの中、熱の所為で気だるい体。瞼があまり言うことを聞いてくれないのだ。
それでもやはりその冷たさが何なのか、しっかりと確認したい。
「……クラサメさん?」
それはクラサメの手だった。
重たい瞼を持ち上げると、自分を見下ろすクラサメの瞳とぶつかった。
額に伸びていた手を引っ込めようとするものだから、ゆったりとした動作でその手を掴んで引き留めた。
「まだまだ熱は下がらないな」
クラサメの心配そうな声音に、少し不謹慎だが嬉しくなってしまう。自分を心配してくれているのが嬉しかったからだ。
「何か必要なものはあるか?」
ぼうっと視線を上に向けて考える。
そういえば今は何時なんだろうか。クラサメは授業はいいのだろうか。お昼休みなのだろうか。
関係無い疑問が湧いて危うくクラサメの質問を忘れるところだった。それくらい、今は思考があまり動いていない。
フィアはにへっと笑ってクラサメを見上げた。
「クラサメさんがいれば他には何もいりませんよ」
そうそう、クラサメさえ居てくれればなんだかこの熱も吹き飛んで行きそうで。
素直に彼女が思った言葉だった。
「っ」
対するクラサメは思いがけないフィアの返答に一瞬目が泳いだ。「何を言い出すんだこの子は」そう言いたそうな瞳で。
「あれ?変なこと言いました?」
顔を背けるクラサメに少しの寂しさを覚え、フィアはぎゅっとクラサメの上着の端を掴んだ。
彼は慌てて否定してくれたが熱で弱ったフィアの心は素直にそれを信じ難くて。
「クラサメさん、離れちゃやです」
ぐっと上着を引っ張った。
フィアの方に引き寄せられて、ベッドに倒れ込みそうになるが手をついてそれを防ぐクラサメ。
しかしそんなクラサメの行動がどうも気に食わなかったようで。
「なんで拒否るんですか?うう、クラサメさんわたしのこと嫌いなんだ……」
熱っぽいフィアの目にじわじわと涙が溜まっていく。それには益々クラサメも混乱して。
「違う、そうじゃないだろ」
狼狽えながらフィアの頭をゆっくりと撫でる。そうすることで段々フィアも落ち着いてくれるのだが。
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