「う……」
「少し風にあたるか?」
軍令部を抜け、エントランスホールに降りる階段で肩越しにクラサメがフィアを見た。と言っても体勢から視線までは完全に合わないが。
「あ、そう……したい、です」
「わかった」
途切れ途切れになんとか返事をしてぎゅっとクラサメの上着を握った。
*
武官達の熱気と騒がしい声に溢れていた軍令部と打って変わったように静かなそこ。ルブルムの景色が一望出来るテラスのベンチにフィアは座っている。
「涼しい〜……」
ふにゃりと姿勢を崩して夜風に当たる。
アルコールと熱気とでフィアは暑かっただろうが、大して飲んでもいないましてや先ほどまであの場にいなかったクラサメは少し寒いのだろうが。
「クラサメさん、寒くないですか?」
酔っ払ってはいないので意識は比較的しっかりしているフィア。クラサメのほんの僅かな寒そうな仕草を見逃さなかった。
「こうしたらあったかいかな?」
「フィア?」
立ち上がって後ろからぎゅうっとクラサメに抱き着いた。少し燕尾状になっている上着が邪魔だけれど。
「わたし体あったかいから、くっついたら人間ホッカイロになるかなと」
あはは、と無邪気に笑うフィアにつられるようにしてクラサメも笑んだ。
そのまま彼女の好意を受け取り、少しだけ何か企んだようにクラサメは言った。
「こっちが寒い」
「わっ」
くるり、と向きを変えられて真っ正面からクラサメに抱き締められる。
静かなクラサメの鼓動が耳に響く。
「これじゃ、わたしがあったかいだけですよ?」
「人間ホッカイロなんだろう?」
そんな彼の言葉に2人、くすくすと顔を見合わせて笑った。
冬の夜の空気の冷たさのお陰か、大分気分のマシになったフィアは一先ず自室に戻ることにした。テラスから武官の部屋の廊下に場所を移し、心配だから部屋までついていくと言うクラサメと共に廊下を歩いていたのだが。
「……う、っ」
「フィア?」
足を踏み出すなり、食道の辺りに嫌な違和感。これはまずい。隣にはクラサメもいる。絶対にそんな場面見られたくないと半べそになりながらも、再び沸き上がってきた気持ち悪さに足が止まる。
「きもち、わる……」
「っフィア、部屋まで我慢しろ」
そう言うと肩を掴まれ、膝の裏を持ち上げられ今度こそ横抱きにされる。
心なしか慌てているクラサメ。
「私の部屋の方が近い、いいな?」
こくりこくりと声を出さずになんとか頷いて見せるフィア。口元を抑えて彼女もまた必死だった。
自室のドアを蹴り開け、真っ先にトイレに駆け込む彼を見たことある人物がいるだろうか。他人のために、だが。
「う……、……」
トイレに連れてきて貰ったのはいいが、気持ち悪いのに出てこない。まさかクラサメの自室のトイレの床にへたりこむ日が来るとは思わなかったが、綺麗に掃除されているそこはホテルのようだった。
「……けほ、っ……」
喉が詰まるような、胃が持ち上げられるような、気持ちが悪いのに。腹の中で吐き出したいそれがぐるぐると回転しているような。
「フィア、入るぞ?」
どれくらいトイレに籠ったままだったのだろうか。心配したクラサメがそっと扉を開けてフィアの背を擦りに来る。
「吐いてないのか?」
「でてこない……」
げほげほと苦しそうなフィアに見兼ねたクラサメは彼女の背を擦りながら口を開くよう顎に手を掛けた。
「指、入れるぞ」
ぐっと口の中にクラサメの長い指が入り込んで来る。えらく奥まで突っ込まれ、舌の根辺りを彼の指が突っついた瞬間。
「っ……う……〜!」
先にクラサメの指が引き抜かれ、そのまま彼はフィアの背を擦っていた。
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