宴もそこそこ暖まってきた頃、血相を変えて軍令部に1人の候補生が入って来たのだ。彼はクラサメを見るなりこっそりと耳打ちし。
「ナインが?」
「はい、お酒とジュースを間違えて飲んだみたいで……」
アルコールの入ったナインを誰も止められなくて、仕方が無しにお説教覚悟でクラサメを呼びに来たわけだ。
クラサメは盛大に溜息を吐いてエミナに視線を送る。それに気付いたエミナはぐっと親指を立てウィンクをしてみせた。
(フィアを頼んだ)
(任せて)
クラサメはフィアの肩をぽんと叩き軍令部を候補生と共に抜け出した。
「クラサメさんも大変ですね」
「指揮隊長だからね、と言ってもああ見ると先生みたいだけど」
エミナが苦笑してフィアに返した。
クラサメがいない間、自分がフィアを守らねば。そう思っていたエミナ。幸いフィアに寄り付く変な輩は先ほどまでこの場にいたクラサメの絶対零度の睨みで大半が大人しくなっていたのだが。
「エミナ!買い出し行くぞ買い出し!」
「え、ちょっと、待って、私は……!」
ぐいっとエミナが首根っこを掴まれて武官の1人に連れていかれそうになってしまう。しまった。自分がこうなることは考えていなかった。
(っ……カヅサ!)
最後の頼みは違うテーブルに座るカヅサただ1人だった。縋るような目でカヅサを見るエミナ。
(まかせてエミナ君!)
ぐっと親指を立てるカヅサだったが…
「おいカヅサ!頼んでいた例の物はまだ出来んのか?ただでさえ急ぎで頼んでおったのに、いったいどれだけ時間を掛ければ……」
「ぐ、軍令部長!少し飲み過ぎでは?」
酔っ払った軍令部長、がカヅサに絡んでくる。なんとか適当にあしらおうにもしつこく絡まれ挙げ句の果てには肩を組んで今後の野望だの髪が戻ったらどんな髪型をするだのと熱弁され。
(っ……フィア君!どこに……)
完全にフィアを見失っていた。
*
と、言うわけで。
「……うぅ、気持ち悪い……」
今に至る。
完全に出来上がった武官達を尻目に、戻ってきたクラサメの見た光景は彼の眉間にシワを作った。
ぐったりとテーブルに突っ伏しているのは紛れもないフィア。彼女のテーブルの近くには空の瓶が幾つか。
「カヅサの薬のお陰で、酔っ払ってはいないみたいなんだけどね」
エミナが申し訳なさそうに呟いた。
軍令部長に絡まれたままのカヅサは一先ず、クラサメはそっとフィアの傍に近付いて彼女の肩に手を置いた。
「クラ、サメ……さん」
「その顔色だと大丈夫ではないな」
青白い顔色に明らかに気持ちの悪そうな仕草。きっと幾ら飲ませてもフィアが酔わないのを良いことに飲ませまくられたのだろう。
「フィア、乗れ」
「え……、せなか?」
自然な動作でフィアに背を向けて促すクラサメ。普段の彼なら横抱きにして連れていくのだろうが、一応場所を気にしてくれたのだろうか。
「や、ひとりで……戻れま」
「駄目だ。上官命令だ」
今は公務は関係無いだろうに。
けれど彼にそう言われるとなんとなく逆らえない。フィアはのそのそとクラサメの背に体を預けた。
「エミナ、後は任せていいか?」
「もちろん。お大事にね、フィア」
手を振るエミナに軽く微笑むフィア。
それを見てクラサメは軍令部からフィアと2人抜け出した。
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