大嫌い、キミと聖夜。(2/3)

「は、う……苦い……」
「ブラックだからな」

力の抜けた体をそのまま座っているクラサメに預けると、ぽんぽんと背中を撫でられた。楽しそうに笑っている顔が少し悪戯っぽく見えた。

「たまには一緒に過ごすか」
「え?」

何が?と聞かなくても解ってしまう。
今日2度目の驚きだった。




*




そんな会話をしたのが何日か前。
そして今日は12月24日聖夜。
フィアはと言えば。

「やっぱりこうなるのかあ」

魔導院の誰もいないテラス。
今頃0組や他のクラスの候補生たちは一時の楽しみを満喫しているんだろう。
満天の星空に、いまいち輝きが足りないのは彼がいないからだろうか。

24日から25日に掛けて行う諜報部の任務に季節柄、体調を崩して指揮を取れなくなってしまった軍の人間の代わりに魔導院の武官から誰か1名選出される事になってしまって。隊長クラスの武官とは言え例外なく彼が選ばれてしまったのだ。

「あんなに物凄くすまなそうな顔されたらねえ、文句も言えないよ」

そうでなくとも、文句を言う気は更々無いのだけれど。フィアは大きな溜め息を1つ吐いて空を見上げた。
この藍色の星空の下、彼は今頃――

「いた!……フィアさん!大変なんです!クラサメ、クラサメ士官が……!」

振り向いたフィアの表情が歪む。




*




「っ……マザー!!」

血の気の引く感覚、と言うのは戦場に赴く者ならば何度も経験する。けれど何度味わっても、フィアはいまだにその感覚に慣れることはなくて。
ダンッ、と音を立ててアレシアの部屋の扉を乱暴に開く。

「あらフィア、早かったのね」

部屋の中を一瞬で見渡すと視界にはあっけらかんとしたアレシア1人が映る。
先ほど朱雀兵の1人に言われて慌てて走ってきたのだが、フィアは矢継ぎ早にアレシアに問い掛ける。

「マザ、……ドクターアレシア、その、クラサメ士官は?」

生唾を飲み込む音がやけに耳に響く。
口に出してみるとそわそわと落ち着かなかった心が妙に静かになった気がした。

「わざわざ言い直さなくても、公務じゃないんだから、マザーでいいのよ」
「あ、うん……いや、えと」

フィアが欲しかったのはそんな答えではない。フィアとは対照的に穏やかなアレシアの声。彼女は戸惑っていた。

「それに、最近中々ここに来てくれないんじゃないかしら?もう大人とは言え、たまにはあなたの話も聞きたいのよ?」

中々本題に入ってくれないアレシア。
なんとなく嫌な予感が脳裏を過る。

「ごめんなさい。仕事が忙しくて……。今度、暇が出来たらゆっくりはな」
「フィア」

申し訳なさそうに話すフィアの声を静かに遮ると、アレシアは言った。

「奥の部屋よ」

どきり、とフィアの心臓が跳ねる。
アレシアの後ろにあるドア。チラリとそこを見てからアレシアを見る。軽く頷かれ、フィアは意を決して重たい足を踏み出す。さっきまであんなに速く動いていた足が何故か今は鈍くしか動かない。

「………」

扉に手を掛ける。
話を聞いた時は早く彼の顔を見たいと思っていたのに、今はなんだか、すごく見たくなかった。
ギィっとドアを押して部屋の中へ一歩。

「っ……」

幾つかあるベッドの1つ。

「見た目ほど外傷は酷く無いんだけど」

伸びている管が痛々しい。

「……あとは彼の体力次第ね」

白い包帯が肩から胸にかけて巻かれていて、吊るされたパックから伸びる管が腕に。静かに眠っている端正な彼の口元を覆うのは見慣れたそれではなく、透明な酸素マスクだった。
心電計の無機質な同期音が一定の感覚で室内に響いている。

next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -