「ん……あ、れ」
フィアが目を醒ますとそこは見慣れた自室の天井、とはいかず。見知ってはいるが見慣れてはいない部屋だった。
(わたし、授業どうし……)
パタリと扉の閉まる音が聞こえてそちらを見る。ちょうど部屋に入ってきたクラサメと目が合った。
「起きてたのか」
(あ、そうだ倒れて)
彼はそう言うと黙って此方に歩み寄ってくる。いつもいるはずのトンベリの姿は見当たらなかった。
「………」
ベッドサイドに突っ立ったままクラサメは何も言わずにフィアを見下ろしていた。慌ててフィアは上半身だけ起き上がろうとしたのだが。
「っ」
「無理はするな」
頭がぐらりと揺らいだところを抱き止められて、溜め息交じりにそう言われてしまった。クラサメに体を預けながらフィアは情けないと項垂れた。
「ごめんなさい、迷惑掛けてしまって」
「………」
返ってきたのはただの沈黙。
そこでフィアは漸く気付いた。クラサメの顔がいつもに増してしかめっ面であることに。と言っても見えるのは碧い瞳だけなのだが。
「クラサメさん?」
呼び掛けにも答えてはくれない。
これはもしかして、
「怒って、ます?」
恐る恐る聞いてみる。言ってしまったあとになんて怖いもの知らずなんだと自分を呪いたくなった。
「いや」
しかし仏頂面だったがそう短く返答は返ってきた。いやけれど、絶対にこの顔は何か怒っている。
「嘘、怒ってますよね?」
そこはフィアも引けなかった。
怒っているのにそう言わない。それでは何が彼の気に触ったのかわからないし、善処していけない。
「そんなことはない」
そういえば彼も頑固なのだった。
今朝方のナインを思い出してふっと笑いそうになる頬を引き締め直してクラサメを睨んだ。
「嘘、絶対怒ってます。クラサメさんわかりやすいですもん」
なんだかこれではどっちが怒っているのか判断し難くなってきた。じぃっとクラサメを見つめるフィア。中々引かない彼女に、もう一度溜め息をついてついにクラサメが折れた。
「……すまない。私のが移ったんだな」
何を言われるのかと思えば、フィアはきょとんと彼を見た。ばつが悪そうに視線を逸らしてクラサメは続けた。
「どうして無理して授業に出たんだ?」
これまた意外な言葉で、フィアはぱちぱちと目を瞬きながら呟いた。
「クラサメさんに迷惑掛かりますし」
「はぁ」
その言葉が気に食わなかったのか、また溜め息をつかれてクラサメの表情が堅くなる。今の言葉の一体何が駄目だったのだ。さっぱり彼の地雷がわからないフィアは困り果てながら首をかしげた。
「クラサメさん?」
困ったような怒ったような表情をしてクラサメはフィアの肩を抱き寄せた。
「私の居ない所で急に倒れたりするな」
それはとても理不尽な言葉。
「ナインにフィアを運ばせるなんてな」
けれどその言葉にはしっかりとフィアへの優しさと愛情が含まれていた。フィアはふふっと目を細めて笑った。
「もしかしてナインに嫉妬しました?」
「………」
広くて逞しい彼の胸へ頬を寄せる。ゆっくりと刻まれる鼓動が心地良い。
「あれ?クラサメさんー?」
胸から顔を離し、真上にあるクラサメの顔を確認する。半分はマスクに隠れてわからないけれど、瞳の色はわかる。
「図星ですかね?」
何も言わないクラサメの態度がなんだかとても可愛くて、クスクスと笑いが溢れるフィア。すると、
「少し黙れ」
突然腰を引かれ、ベッドの上に置いていた手を指と指を絡めるように結ばれる。いつはずしたのだろうか、気が付いた時にはクラサメの薄い唇がそこに触れていて。
「早く治す方法、教えてやろうか?」
耳元で囁かれた甘い甘い罠に、
抗う理由はなく、身を委ねた。
*fin*
(独)Ich habe mich erkaeltet.
└風邪を引いています。