「え?」
一瞬言われた意味が全くわからなくて、少し言葉が飲み込めなかった。
そこでやったらどうだ、そこでやる、そこで採点をする。したらどうだ。
「え、え?」
「……嫌なら無理に」
慌ててフィアはクラサメの言葉を遮って首と手を横に振った。彼は怪訝そうに此方を見上げる。
「あ、いやその、」
ちらりとクラサメを見つめ返す。
熱っぽいエメラルドが見つめている。
「ここにいて、良いんですね?」
遠慮がちに言った。
すると彼は可笑しそうに軽く笑って。
「……いてくれ」
そう呟いた。
*
「うー、終わったあ」
全員分(ナインとケイト除く)の課題を採点し終え、思い切り腕を上げて伸びをする。
あれから結局また眠ったクラサメだったが、熱は下がっただろうか。立ち上がってベッドサイドに歩んで彼の様子を見てみると。
「少しよくなった?」
小さい声で呟いた。
最初に見た時よりは呼吸が落ち着いているような気がする。熱も測ってみようと手を近付けようとして、フィアはふと思い付いた。
自分とクラサメの前髪を上げて、そっと額と額をくっつけてみる。
(あ、まだちょっと熱い)
彼が眠っているのを良いことに、そのまま少し彼を観察する。長い睫毛が頬に影を落としていて、碧いエメラルドの瞳は伏せられている。
(綺麗な顔)
思わずそんなクラサメの容姿に見惚れていると、閉じられていた瞼がぴくりと動いた。「あ、まずい」そう思ったと同時に急いで体を離そうとして、 咄嗟にバランスが崩れた。立て直そうとベッドに手をついてクラサメの上に倒れ込むのは免れたのだったが。
「……フィア?」
手をついたのはクラサメの顔の真横。
さすがの彼も驚いて目を丸くしていた。
「あ、や、……あはは」
覆い被さるようななんとも言えないフィアの格好に、薄く笑みを浮かべたクラサメは黙ってフィアの腰を引き寄せた。
「っえ、クラサメさ」
「フィアが悪い」
重力に従ってクラサメの上に倒れ込んだフィア。彼の片手は腰を引き寄せたまま。もう片方の手がフィアの頬をゆっくり撫でて、親指が唇に触れた。
「んっ」
そのまま後頭部を引き寄せられて、クラサメの薄い唇がフィアのそれに重なった。触れていただけのそこから熱い彼の舌が唇を割って入り込んでくる。
「ふっ、あ……」
逃げようとする自分の舌を絡め取られて軽く吸われて、全身の力がふにゃりと抜ける。もうフィアの頭は熱が移ったのではと言うほどにぼんやりとして働いていなかった。
「く、ら、さめさ」
恨めしげにクラサメの顔を睨むと、不敵な笑みを浮かべて笑っていた。どうやら確信犯らしい。
これでは熱があるのはどちらなのかわからない。荒くなった呼吸を整えようとベッドから足を床に着けた。
「………」
「っわ!」
その時足下に感じたなにか。
驚いてそちらに視線を落とす。途端にフィアの顔はまた真っ赤に染まった。
「と、トンベリ!いつからそこに!」
「はじめから居たぞ」
仲間外れなのが寂しかったのか、フィアの足にぴっとりとしがみついている。けれど大きな包丁は持ったままなので少しヒヤヒヤと熱が引いた。
「み、見られてた……」
「今に始まったことではないだろ」
トンベリを抱き上げてクラサメの隣に寄せてあげる。包丁は危険なので没収してみた。
彼の頬を心配そうにペタペタと触るトンベリ。なんだか少し羨ましい。
「フィア」
そんなフィアの視線に気付いたのか、大分顔色の良くなったクラサメが寝転がったまま手を広げて来たので。
「……」
そのまま二人目掛けて腕の中にダイブしてみたのだった。
*fin*
(独)Bist Du schon gesund?
└もう元気になった?