氷のように冷たい彼の声を聞いたのはいつぶりだろう。痛みで幻聴まで聞こえてきたのかと自嘲したのと同時に。
「ぎゃああああ!」
皇国兵の断末魔が響いた。
けれど視界は兵士達で塞がれているため何が起こっているのかわからない。目の前で次々に切り刻まれていく兵士。
その場にいた最後の1人が倒れ、開けた視界に映り込んだのは。
「ク、ラサメ、さん……?」
重たい頭を持ち上げてみて思わず目を見開いた。聞こえた声は幻聴では無かったのか。
「大丈夫か?」
フィアの元に歩み寄ったクラサメは壁に縫い付けられたままのフィアの手を見てほんの少し顔を歪めた。躊躇いながらも迷いなくナイフを引き抜き、すぐにケアルをかける。
「な、んで……」
「話は後だ。先に此処から抜けるぞ」
そう言うと力無く座り込んでいたフィアの体を持ち上げて肩に担ぐ。クラサメの行動に驚いたフィアは彼の背を叩いた。
「ちょ、なにを」
「その体じゃ戦えないだろう?」
そんなことはないともう一度彼の背を叩いて下ろすよう言ってみるが、彼は一向に聞き入れてくれない。こんな体勢ではいくらクラサメだって戦いにくいに決まっている。だから下ろしてほしいのに、
「暴れると落ちるぞ」
ピシャリとそう言われてフィアは渋々ながらもおとなしくなった。
*
結局あれからクラサメに助けられ魔導院まで戻ってきたフィア。すぐにアレシアに治療をしてもらい、2・3日は自室で安静にしていなさいと言われたのだ。
「……」
目が開くと見慣れた天井。
人の気配を感じて視線を横に向けると、エメラルドと目が合った。
「目が覚めたか」
何か書類に目を通していたのか、持っていた紙を置くとベッドの傍にやってくるクラサメ。一体どれくらいこの部屋に居たのか、いつも着ている上着は近くの椅子に掛けてあった。
「傷の具合は?」
そっと手を掴まれた。
魔法を使おうとした時にナイフで刺された方の手だ。今は包帯がぐるぐると巻かれており赤いそれは止まっていた。
「クラサメさんが、すぐに治療してくれたから、大事には到らないって」
手の怪我の回復にはまだ時間が掛かりそうだが彼がすぐに回復魔法を掛けてくれたため、そうそう酷くはならなかった。
「そう、か」
けれど返ってきたのは彼にしては珍しく歯切れの悪い返事。きっと心配してくれているのだろう。なんとかその心配を取り除きたくてフィアは包帯の巻かれた掌を軽く動かして見せる。
「っ……ほら、大丈夫です」
にこっと笑ってそう言ったのだが、クラサメは苦い表情で眉間にシワを寄せた。そして掴んでいたフィアの掌に、黙って唇を寄せた。
「っク、ラサメさん!?」
「私がもっと早く来ていればな……」
柔らかい唇が包帯越しに掌に触れる。
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