nameless room(4/5)

「という訳だ。後は頼んだぞ、エミナ」
「まっかせてクラサメ君!さ、おいでフィア」

カリヤ院長にフィアの処遇について話をしたところ記憶が戻るまでは魔導院で預かる事になった。仮にフィアが敵国の出身だったとしても記憶が戻らない事にはどうにも出来ないと判断されたらしい。
フィアの話をする少し前に彼女の症状を見に来た魔法局のアレシアも「これは本当に記憶喪失ね」と言っていた。彼女が嘘をついている可能性は低いよう。

「……くらさめさん?」

しかしいつまでも簡素な処置室に置いているのでは可哀想である。カリヤ院長の計らいで武官達が使っている女性寮に入れて貰える事になったのだが。

「大丈夫だよ?取って食ったりしないってば!」
「それは語弊があるだろう、エミナ」

なかなかクラサメの傍から離れようとしないフィアに、自分は敵意を持っていないということを一生懸命にアピールするエミナだったが、如何せん少しズレた言葉にすかさずクラサメは突っ込んだ。

「クラサメ君の傍に居た方が取って食われちゃう可能性多いのよ?ね、だからおいで?」
「……あのな」

自分は一体なんだと思われているんだ。狼狽えるクラサメ。此処にはいないがもう一人いるクラサメやエミナの同期の友人に預かられる方がよっぽど危険だ。
しかし当のフィアはクラサメの傍から離れようとしない。

「ねえ、もしかしてこの子クラサメ君と一緒にいたいんじゃないかな?」
「は?」

思いも寄らない言葉がエミナから発せられて、反射的に間抜けな声が漏れた。
彼にしては珍しい。そんなクラサメの横にいたフィアは瞼をぱちぱち瞬いた。

「やっぱりほら、何も覚えてないみたいだし。そんな中で助けてくれたのがクラサメ君だったから一番クラサメ君の事信頼出来るんじゃないかな?」

クラサメは黙ってフィアの瞳を見た。エミナの言葉を聞いて彼女の瞳が少しだけ期待に満ち溢れているようにも、思えなくもない。
しかし記憶が無いにしたって自分と彼女では性別が違う。フィアも子供と呼べる年齢では無い。普通に考えて、同じ部屋で暮らす訳にいかない。

「くらさめさんと一緒が良いな」
「………」

キラキラとした無垢な瞳がクラサメのエメラルドの瞳を見つめる。
そう言われてしまうと頭からダメだと否定するのも気が引けてしまう。彼女は軍属や候補生ではないのだし、厳しい規律で縛られる理由は特にない。

「だめ?」
「クラサメ君?」

仕舞いにはエミナからも懇願されてしまって、もうこの状況で彼の味方をしてくれる人物はいなかった。溜息混じりにクラサメはフィアの頭をぽんと叩いた。

「わかった……慣れるまでは私の部屋にいて構わない」
「ほんとに!」
「ただし」

今にも跳ね上がって喜び出しそうなフィアにぴしゃりと言葉をぶつけた。
一気に彼女の表情が不安そうに曇った。クラサメの胸がちくりと痛む。

「慣れるまで、だ。ここでの生活にある程度慣れたら女性寮の方に行ってくれ」
「うん、わかりました」

意外と聞き分けの良かったフィアに安堵しながらも、喜ぶ彼女の表情は嫌いではなかった。エミナもほっとしたように微笑んでそんなフィアを見ていた。

「宜しくお願いします、くらさめさん」



*



「フィア、何してるんだ?」

自室に戻るなりクラサメは疑問を投げかけた。
彼の視線の先にはベッドの上に座っているトンベリと。

「………」

トンベリをじっと見つめるフィアの姿。勿論彼女もベッドの上に座っている。
なんてことない光景だが、どうにもシュールだった。

「エミナが教えてくれたんです。人の目をじっと見れば考えてる事が解るって」

初めて彼女と会話した時より幾分か言葉や名詞は思い出してきたらしい、やはり会話にはそれほど不自由はしなかった。ただ、彼女自身に関する重要な手がかりといったものは一切思い出せていないみたいだったが。

(人……じゃないんだがな)

そこは突っ込むべき所では無いと自己可決させてクラサメは言葉を飲み込む。
フィアはまるで射殺してしまうんではないかと言うくらいじっとトンベリを見つめていた。クラサメにはそんなトンベリが困っている風に見えて、少し同情。

「うーん」
「何かわかったのか?」

持っていた書類の束を机に置いて、背中を向けたまま問い掛ける。束の中から適当な物を取ってぱらぱらと捲る。この間の作戦の報告書のようだ。

「それが」

しゅんとした声音にクラサメは報告書に落としていた視線をフィアに当てた。
ベッドの上で正座している自分の膝に手を置いて、首を傾けて項垂れているフィア。彼女の言葉の先が想像できて無機質なマスクの下で彼は薄く笑った。

「気にすること無い。一緒にいればそのうち何を考えているかぐらい解るようになるさ」
「ほんとですか?」

「ああ」と短く返事をしてクラサメはまた書類に目を向けた。
するとフィアは嬉しそうに背筋を伸ばしてトンベリを抱き締めていた。満更でもないのか、トンベリの方も機嫌が良さそうだ。

(単純だな)

これからこの報告書すべてに目を通さなければならない気の遠くなる作業を強いられていたが、不思議とクラサメの気持ちは軽かった。

(まあ、悪くない、か)

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