▼ Separation(1/3)


1日の仕事を終えてから彼の部屋へ珈琲を届けるのが日課になっていた。
珈琲では目が覚めてしまうのでは?と問い掛けた質問には何とも言えない表情で返されていて、いまだに湯を沸かす時に彼女は珈琲か紅茶か悩んでいたりする。

「カトル准将、失礼します」

見張りの兵に軽く頭を下げられながらナマエは両開きのドアを軽くノックした。
返事を聞く前に部屋に入ってしまうのは悪い癖で、いつも少し咎められるのだけれど。

「ナマエか。ご苦労、何の用だ?」

その日はナマエを叱る気力もあまり無かったようで。執務机の向こうで疲れ果てた様子のカトルが見えた。
何の用かなんてナマエの手元を見れば一目でわかるはずなのに。確かカトルの今日1日の予定は朝からハードだった。
早い時間から会議に出席した後、町の視察に出掛けて戻って来ると魔導アーマー関連のパッチテストの相手をして、夜の会議に再び呼び出されそして執務をこなす。

「珈琲持ってきました。今日は特別、疲れてるでしょう?」

苦笑いしたくなる予定を見事やってのける彼はやっぱり有能なんだろう。
たまに魔導アーマーの演習で手合わせ願うこともあるが、そっちも勿論優秀で。容姿も性格も良い申し分無い上司だ。

「ああ、もうそんな時間か……いつもすまないな、ナマエ」

そして勿体無いくらい出来た恋人。
けれどもいくら年上で、自分より偉くて、容姿端麗で、仕事も出来て、優秀で有能で、部下の信頼も厚くても。

「まだ仕事終わらないんですか?」
「あと少し、だな」

彼だって1人の人間なのだ。
腹は減るし、疲れは溜まるし、眠くだってなる。それを周りも少しは理解してほしいものだ。何かと面倒見も良くて何でもほいほいとこなしてしまうカトル。その為彼が「疲れた」だの「眠い」だのと弱音のようなものを吐いている姿はほとんど見ない。
けれどそれは言わないだけであって、実際は疲れを感じているだろうし眠さだって限界を迎えるだろうし。とにかく、ナマエが言いたいことは。

「無理しないで、今日はもう休んだらどうですか?カトルさん、いつも働きすぎです」

なかなかナマエの前でも彼が弱音を吐くことは無くて、それはそれで少しばかり寂しいような気もする。
確かに彼よりは幾分か歳も下であるし、頼りない部分もあったりするけれど。

「無理はするなって、いつもカトルさんわたしに言ってくれるじゃないですか」

ふと、視線を向けたガラス窓の向こうは漆黒の闇に覆われている。カトルに差し出した白いカップの中も真っ黒な茶色をしていて、なんとなく似ている。
その黒い液体を喉に流し込んで、カトルは小さく溜め息を吐いて見せた。

「そう、だな」

大人しくナマエの提案に肯定しようとしている。珍しい。よっぽど疲れていたのだろうか。そう呟くと徐にカトルは立ち上がって黒い革張りのソファーへ歩みを向けた。
ガラス窓からカトルへ視線を戻して追い掛けると薄いブルーの瞳にぶつかる。
そっと手で呼び寄せられて、吸い寄せられるようにしてナマエはカトルの隣に座った。

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