▼ Pain(1/3)


失うことがとても怖くて。
忘れることがとても痛くて。
完璧で、強さを持った人間がとても羨ましくて。憧れは、いつしか妬みに。



「マキナくん、ごめん、ごめんね」
「ナマエさんっ!!」

腕の中で、静かに涙を流すあなた。

「守って、あげられ……かった」
「違う!ナマエさんオレは」

するりと、頬に手が伸びて。
まだ暖かい彼女の指先が頬を撫でる。
そうして。

「好き、だ、よ……」

はたりと、彼女の腕が湿った地面に落ちたのと。大きな瞳が、再び開かれることが無くなったのは。

「……ナマエ、さん?」

同時だった。


「っ……ナマエ―――!!」









「ナマエさんっ!?」

はっと、飛び起きる。
カーテンの隙間から細い太陽の日差しがピンポイントで入り込んできていて、彼は一瞬顔を歪めた。顔にその日差しが直撃したのだ。

「夢……」

呟いた途端にふっと肩の力が抜けて、汗で張り付いていたシャツの胸の部分を引っ張った。額にもうっすら滲んでいるようで、髪をぐしゃっと掻き上げる。

嫌な夢を見たものだ。
夢だと解りはしたものの、決して夢見の良いものではない。上半身だけを起こしたまま落ち着くためにマキナは1度目を閉じる。すると嫌に鮮明に、瞼の裏に今見た夢の景色が浮かび上がってくる。

自分をかばって倒れるナマエ、ボロボロの彼女は血塗れで、そっと抱き止めても笑っていて。湿った手で頬をぬるりとなぞられて、揺らいだ彼女の瞳が静かに濁って行き……。

「っ……」

そこで堪えきれずマキナは目頭をキツく押さえ付けてから目を開いた。
なんて夢だろうか。
なんとなく目を閉じるのが怖くて、室内を見回すことで気を紛らわそうと視線を動かしたのだが。彼はそこでとても重大な事実を突き付けられたのだ。

「え、ちょっと、待てよ」

壁に掛けてあった朱雀、火の鳥が彫刻されたアナログ時計。長い針はともかく、短い針が指し示す刻。

「10時過ぎって、嘘だろ……!」

目覚めた時のような勢いでベッドから這い出ると、慌てて制服を掴んだのだ。




*




「っすみません、遅れま……」

エントランスホールや廊下に人影なんかあるはずなくて、コツコツと自分の革靴の足音だけが響いていて。
ホールのガラス窓から入る日差しに目を向ける暇もなく0組の教室へ駆けた。クラサメに怒られる心の準備をしている間も惜しんで0組への扉を開いたのに。

「誰も、いない」

教室は0組のメンバーおろかクラサメやモーグリの姿も無かった。
そうだ、今日は0組全員で実戦演習と称したクラサメの授業を魔導院の外で行う日。向かう場所は確か。

(あれ……それって確か)

一瞬、マキナの記憶が呼び戻される。
「演習場所は当日伝える。以上、今日の授業はこれで終わりだ」そう言ってパタンと教本を閉じるクラサメの姿が浮かんでくる。

そう、演習に使う場所は伝えられていないのだ。

「っ……オレ、なんて時に遅刻して」

思わず頭を抱え込みたくなるマキナ。
がくりと項垂れたまま一度教室内を見渡した。誰もいない、もぬけの殻の0組の教室……なのだが。

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