▼ Tragedy(1/3)


「ねえねえ、クラサメ士官のマスクの下って見たことある?」

たまたまエントランスホールへ足を向けた時だった。0組の教室からエントランスホールに続く廊下の扉を開いた時、端の椅子に腰掛けている女子候補生グループの会話が耳に入った。

「ないない、あんたあるの?」
「なーい。けど実は口裂け男だった!とか言う噂あるよね!」

思わずナマエは吹き出しそうになった。
時刻は夜の10時を回っている。そういうホラーな展開に話が行くのも無理はないか。歩みをゆっくりにするナマエ。

「えー、クラサメ士官が口裂けのわけないじゃーん。あんなにイケメンなのに」
「わかんないよ?目だけかも」

イケメン、の言葉にまた吹き出しそうになったが口元を引き締めて出来るだけ堪える。もうすぐ消灯時間になるため辺りにはあまり人気が無い。彼女たちの会話はよくホールに響いていた。

「実は鼻とか口とか不格好とか?気にしてて隠してるとか?」
「えーイメージ崩れるからやめてよー」

「はいはい、もうすぐ消灯時間だよ」

本人のいないところで根拠の無い話が広がるのはさすがに可哀想だ。ナマエは苦笑い気味に候補生達に話し掛けた。

「ナマエさーん」
「そういえばナマエさんクラサメ士官と仲良いですよね?」

まだ話し足りないらしい彼女たちにとってナマエは格好の餌食らしい。けれど狙われた当の本人は曖昧に笑って上手く話を遮った。

「同期なだけだよ。ほら、あんまりクラサメ士官の噂話してると次の演習で担当になった時にしごかれちゃうよ?」
「えー、それはやだー」

本当に嫌そうな顔の彼女たちから、クラサメの指導の仕方が如何に厳しいかが伝わってくる。ナマエはまたこっそりと苦笑い。

「じゃあ今日はお開きにして、部屋に戻った戻った!明日の講義に備えてね」
「はーい」
「ナマエさんおやすみなさーい」

根は素直なのだろう。
口々に「おやすみなさーい」「また明日」とナマエに言うとそれぞれ自室へ戻るために散っていった。

「口裂け男、か」

それにしても好き勝手に言われていた。
マスクの下に本当に何も無くてただのお洒落や表情を悟られないようにするための物であったり、顔を隠すためであればクスクスと笑って終わりなのだけれど。

「ちょっと複雑だよね」

ぽつりと呟いたナマエの声はエントランスホールに響くことなく落ちる。
そう、彼女はクラサメのマスクの下がどうなっているか知っている。どうなっているか、と言う程の物でも無いだろうと思ってはいるのだが。

(わたしが気にしてなくても、本人は気にしてるんだよね)

詳しいことまで踏み込んで聞いたことは今まで無かった。聞いてはいけないような、聞かないでくれとオーラが出ているような。一応、恋人と言う立場でいさせてもらっているが傷に塩を塗るようなことはしたく無かった。

(……なんか、会いたいな)

クラサメのマスクの下には候補生時代に負った火傷の痕が残っている。同じ時代に候補生を経験したカヅサやエミナもそれは知っている。
けれど詳しい事情まではクラサメ本人の口から聞いたことはやはり無かった。

(この時間なら部屋にいるかな)

時刻は10時半を回っている。
ナマエは一度自室へ戻り制服より楽な格好に着替え、彼の部屋に向かうべく魔方陣を起動させた。

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