▼ Pain(3/3) 「で、さっきどうしたの?」 今から演習地へ向かっても多分間に合わない。それ以前にマキナは立派な遅刻者だ。クラサメからマキナに渡すよう言われていた反省文と軽いレポートを書く用紙を手渡し、ナマエはそうマキナへ問い掛けた。 「え?何がだ?」 「さっき、わたしが起きた時」 次いだナマエの言葉に「ああ」と答えつつ、マキナは目線を軽く逸らした。 言っていいものだろうか。 血塗れのナマエが息絶える瞬間を夢に見た、などと。少し考えて表情を曇らせると心配そうにナマエが口を開く。 「嫌な夢でも見たの?」 「っ、なんでわかっ……」 的を得た彼女の問い掛けに、弾かれたように顔を上げて彼女を見たマキナ。この時間で何度目だろうか彼が苦い顔をしたのは。 「成る程、図星かあ」 マキナ程の成績優秀者が授業をすっぽかすなんてまずあり得無い。だとしたら遅刻の原因は一番“寝坊”が妥当だ。 寝ていた、と言えば真っ先に出てくるのは夢。簡単な推理をして掛けたカマに見事にマキナは引っ掛かったのだ。 「どんな夢見たの?」 ぽん、と項垂れる背中を撫でられてマキナは小さく溜め息を吐き出す。 これはもう、言うしかない状況で。 「……ナマエさん、が」 自分を見つめてくるナマエの眼差しから逃れつつ、もたもたと言葉を紡ぐ。 「その……、敵に、やられて」 そこから先はあまり口に出したくなくて濁して見せる。彼女は理解してくれたのか否か「そっか」と小さく呟いた。 暫く少しの沈黙があって。 窓から注ぐ陽射しだけがさわさわと2人を照らしていた。広い教室に偏ったように2人窓際に腰掛けていて。 やっぱり夢の内容とは言え不謹慎だったかと、マキナが謝罪の言葉を口にしようとした時だった。 「マキナくんさあ」 沈黙を破ったのはナマエだった。 開き直った様な、可笑しそうに言う様な声のトーン。いつもの彼女らしいもの。 「わたしがそーんな簡単に、敵にやられたりすると、思う?」 かくん、と首を傾げて笑うナマエは自信に満ち溢れた表情をしていて。 「思わない、けど」 「でしょ?」 ふっと、ナマエが更に瞳を染めて笑う。 「死なないよ。まだマキナくんとの時間、目一杯共有してない」 自分よりは華奢で小さくて、非力に見えるナマエがとても、その時ばかりは力強く芽吹いて見えた。 「それに、もし危なくなったとしても。マキナくんが、助けてくれるでしょ?」 「ナマエさん……」 ぐっと、ナマエの肩を引き寄せる。 されるがままにナマエはマキナの胸へ抱かれて、ぎゅうぎゅうと力一杯抱き締められる。彼女の存在を確かめるように。失わないように。 「不安になるななんて言わない。こんな時代みんな不安ばかり抱えて生きてる。でも、わたしと2人でいる時ぐらい、マキナくんの笑顔、見たいんだよ?」 にこっと、腕の中から見上げてくるナマエが微笑む。彼女の視線を今度はしっかり受け止めて、マキナは頷いた。 「マキナくん、かっこいいんだから。笑ってなきゃ、ね?」 とん、と細いナマエの指を唇に当てられて、マキナはふっと微笑んだ。そのままそっと瞳を伏せて、彼女の薄く色付く唇へ自分のそれを重ねる。 「ん……」 ナマエもマキナの制服をぎゅっと掴んでそれに答える。少しだけ長く、唇が触れ合ったままだったのだが。 「あ、そうそう反省文反省文!」 ナマエが思い出したように唇を離した。 「わかってるよ。レポートと一緒に明日までに出せばいいんだろ?」 「ううん、反省文はこの時間中に書けってクラサメさん怒ってたよー?」 ピシリ、とマキナが固まる。 「え……まじ、で?」 「うん!マジで〜」 あっけらかんと笑うナマエ。 時計が示す時刻は既に授業終了の時間になっていて。きっとクラサメたちはもうすぐこの教室へ戻ってくる。 「っナマエさん何で、それを早く…!」 「頑張って〜マキナくん♪」 にこりと笑う年上の彼女。急いで紙とペンとを広げる年下の彼。綺麗さっぱり真っ白な原稿用紙。 ペイン、ほんの一時の。 *fin* 2012/05/14 了 ▲ |