(……?見掛けない武官だな)
あまり顔の見ない女性武官がふと視界に入った。と言うのも、その武官の動きが少しおかしかったからだ。
(……スパイとか?いやまさかな)
何だかきょろきょろと落ち着きがなく、最終的に軍令部へと続く階段の手摺近くに移動する。少し気になったのでそのままそことなく観察していると。
「っ……な!」
オレは慌ててその女武官に駆け寄った。
怪しいと思って見ていた武官は手摺を掴んだと思えばそのまま、するすると体が床に吸い寄せられるように力なく倒れていったじゃないか。敵とか味方とかスパイとか関係無しに、これはマズイだろとそんな彼女を抱き留めたんだ。
この偶然は必然に
「っ大丈夫ですか!?」
なんとなくついて出た敬語。
背中から腕を回して肩を支えると、彼女は少し驚いた様にオレを視界に入れた。
「っごめんね、……大丈夫、気にしないで。ちょっと目眩がしただけだから」
そう言って立ち上がろうとするがふらふらと足下が覚束無い。おまけに大丈夫と言いながら、腹部を何故か抑えていて。明らかに顔色も悪い。これが大丈夫なはずがない。
「全然大丈夫に見えない。手、貸しますから医務室に……」
「平気、平気、ほんとに……っ」
手を左右に振り拒もうとする彼女の体を問答無用で横抱きにする。歳上の武官とは言え相手は女。対して重く無かった。
「っちょ、ね、君……」
「自分の目の前でいきなり倒れた奴を見て見ぬフリなんて出来ないですよ」
そのまま名前も知らない武官を抱えて魔方陣に足を進める。さっきは力なく倒れたくせに、何故か彼女はオレの腕の中でバタバタと暴れだす。
「っ、少し落ち着い……」
「ほんと、ほんと大丈夫!ね、ごめん、だからほんと……おろして?」
ドキリと心臓が跳ねた音がした。
腕の中から懇願するように上目で見られてしまって、一瞬迷ったけれど無視して歩くことにする。
「わ、ねえ!お願い、ほんと……医務室はっ……」
「医務室じゃないです。サロンなら、文句ないでしょう?」
目も合わせずにそう言って、オレは魔方陣を起動させた。
*
サロンのソファーに一先ず彼女を降ろすと、オレも少し間を開けてその横に腰を下ろした。幸い時間の所為か他に武官も候補生もいなくて。
「ごめんね、ありがとう」
申し訳なさそうな彼女の声がしっとりとサロンに響いた。
「2組のマキナくんだよね。さすが、親切なんだね」
どうやら彼女はオレのことを知っているらしい。まあ、武官の1人なのだしそれは別にいい。
「軍の人?」
取り敢えず質問をぶつけてみる。
彼女は頻りに自分の腹部を撫でていたけれど、ソファーに座って少しは楽になったようで。
「ううん、一応魔導院出身なんだ」
控えめに微笑んで見せた彼女の顔を初めてまともに見たかもしれない。比較的整った顔立ちで、優し気な印象。
「クラサメ士官知ってるかな?」
「ああ、女子に人気の?」
あまり関わることは無かったけれど、確か1度任務か何かで2組の隊長の代わりに指揮を取ってもらった事があったような。無口で無愛想な冷たい印象だった。オレは。一部の女子にはかっこいいと人気があるらしいけれど。
「多分そうかな。歳は違うんだけど、そのクラサメ士官と一応同期生だったの」
「成る程。じゃあ……」
オレが次の言葉を言い掛けたところで急に彼女は体を折り曲げ苦し気に呻いた。どうやらやっぱり腹部が痛いのか……?
「っやっぱり、医務室……」
「違う、違うっ……」
再び彼女を抱き上げようとオレは立ち上がったのだけれど、違うんだと否定される。何が違うんだ。
「だってあんた、さっきから……」
「違う、違くないけど、違うの」
だんだんとオレもイライラが募り、さっさとこの女を医務室まで連れていこうかと思った時だった。言われた言葉に、一瞬思考が止まる。
「生理痛……なの」
生理痛。女なら誰でも1度くらいぶち当たる壁なんだと、レムがいつだか言っていたような気がする。
よく理解出来てる訳じゃないけれど、それは詰まるところ。
「あ、いや……そ、っか。じゃあ、具合が悪いとか、怪我してるとかじゃ」
「無いの。ごめんね、年頃の男の子にこんな話して」
それは別に気にならないけれど。
じゃあ彼女が楽になるにはどうするのが良かったんだ?あのまま手摺のところで放置するのは絶対的に違うだろうし、自室まで運べばよかったのだろうか。
「っいたた……」
「大丈夫、……ですか?」
また腹部を抱える彼女の背をそっと擦ってみた。しないよりは良かったようで、少しだけ肩の力が抜けたみたいだ。
「良ければ部屋まで運びましょうか?」
痛みに波がある様で、それが弱まったぐらいを見計らって彼女に言った。そういえばオレ、この人の名前聞いてないな。
「ありがたいけど、そこまで迷惑は掛けられないよ」
少しだけ辛そうにそう言われると、そういう訳にもいかなくなる。部屋に戻る途中で1人でまた倒れたりしたら心配だ。
「でも……」
食い下がろうとしないオレに彼女は軽く苦笑して「じゃあ」と呟くと、オレの腕を引いて今まで座っていたソファーに連れ戻した。