結局あれからフィアさんに会うことはなく、任務どころか院内でも姿を見掛けることは無かった。
そんなある日、候補生の間で七不思議の1つになりかけていた0組への異動通達をオレは言い渡される。クリスタリウムに貼り出された少し質の良い紙には幼馴染みのレムの名前も並んでいた。
0組の皆より一足先にレムと2人で隊長と顔を合わせた時、ふとフィアさんの言葉を思い出した。
「クラサメ士官知ってるかな?」
「歳は違うんだけど、そのクラサメ士官と一応同期生だったの」
そう、今目の前にいるのは紛れもないそのクラサメ士官で。オレ達の隊長になるこの人は、フィアさんの同期なのか。
「何か言いたいことでもあるのか?」
ひんやりとした視線がオレを捉えた。……と、言うよりは隊長を見つめたまま考え込んでいたオレの視線に、隊長が合わせただけだったが。
「あ、いや。何でもありません」
慌てて否定すると短く「そうか」と返された。やっぱり、どうもこの人は取っ付きにくいイメージしか無い。
*
「候補生マキナ、候補生レム、入れ」
隊長の落ち着いた声が教室の中から聞こえて、オレとレムはゆっくりとその扉を開いた。
視界に広がる0組の教室。
まず真正面に隊長の姿があって、机にはパラパラとオレと同じ朱いマント身に付けた何人かが座ってこちらを見ていて。
「っ……!」
隊長に視線を戻す。さっきは一瞬だったから大して気にしなかったけれど、オレはもうそこから視線が逸らせなかった。
どこかピリッとした空気漂う教室内でただ一人、穏やかな笑みを浮かべて隊長の隣に立っている。
「マキナ、レム。お前たちにはまだ紹介していなかったな。彼女は0組の副指揮隊長を務める……」
「フィア・サキトです。よろしくね、レム、マキナくん」
それが彼女との2度目の出逢いだった。
*
「もー、ナインはすぐそうやって人のことをからかう!」
教室にフィアさんの澄んだ声が響く。
オレは何と無く気分が悪くて、持っていたプリントをぐしゃりと掴んだ。
「マキナ、プリント。ダメになっちゃうよ?」
レムが咎める様に口を挟んできたけど、正直今のオレには聞こえていなくて。レムもそれはわかったようで、小さく溜め息を1つ吐いた。
「プリントの文章ミスるフィアが悪いんだろ?あぁ?」
「フィアは何だかんだ、抜けてるとこがあるからな」
にやりと笑うナインに続き、エースもフィアさんを見て笑う。
「あ、やっぱりあのプリントミスプリだったんだ?アタシも絶対フィアが作ったと思ってたんだよね!」
「フィアもうっかりさんだもんね〜」
どこからともなくケイトとシンクがフィアさんの横から現れて、オレは静かに眉間を寄せた。
「シンクに言われたくないよー。もー、セブン、エイト助けてよー」
「こら、ナインもケイト達も。あまりフィアを苛めるな」
「そうだぞ。フィアだってわざと間違えたんじゃなくて……」
助けを求めたフィアさんをセブンが庇ってエイトが続ける。そこにふらふらとまた別の男が現れて。
「真面目にやって間違えたんだよね〜」
「ジャック!」
フィアさんは拗ねた様にジャックを睨んだ。
確かフィアさんは初めて会った時に「正式に魔導院に入ることになった連中の面倒を見ていた」と言っていた。恐らく、それはオレやレムを抜いた0組の彼らのことで。
「フィアが抜けてるのは、今に始まったことじゃないだろ?」
薄い笑みを浮かべたサイスが言った。
フィアさんの周りには常に彼らが居て。
隊長には反抗的な態度を取る彼らも、フィアさんにはどこかなついていた。
「もー……トレイ……」
「なんです?間違いやミスを起こしにくくするアドバイスでもお聞かせしましょうか?」
フィアさん自身も彼らといる時は何だかんだで凄く楽しそうで。
「マキっ……!?」
ガタンっ、と。
わざとらしく音を立ててオレは立ち上がる。その瞬間、教室内の視線が全てオレに集まって。
「あ、ねえ……マキナっ」
そんな視線を無視するようにオレは教室を後にした。心配してくれたレムが声を掛けてくれたけど、ごめんな、レム。
「……どうしたんだオレ」
0組に配属されてからおかしかった。
きっと望んでいたクラスなのに。
幼馴染みのレムとも同じクラスになれて嬉しいはずなのに。それなのに。
「何なんだ……」
フィアさんが他の誰かと話しているのが気に食わない。結局2度目の再会を果たしてからも碌に2人で話したりする暇なんかは無かった。
彼女の自由な時間には0組の誰かが必ず傍に居て、オレじゃ入りにくいような親しげな雰囲気を作っていて。
「くそ……」
何だかとても心がささくれ立っていて、オレの足は自然チョコボ牧場へ向かう。
チョコボにでも触ってれば少しは落ち着くだろう。半ばそう願って。
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