理解出来なかった。
思わず目の前にいる男に掴み掛かった。
殴ってやりたい。その訳のわからないことを言う口が聞けなくなるまで何度も、何度も。そう思った。
けれどそれは、叶わなかった。
何故ならフィアの視界に入って来た白亜のその機体が、高く高く、広くて遠いその蒼穹に飲み込まれていくのだから。
「馬鹿じゃ、ないの……」
どうしてそんなに遠くへ行くんだ。
何故ここへ降りてきてくれない?
すべては目の前にいる男の所為で。
目一杯握り締めた冷たい拳からいつの間にか、緋色が滲むほど感覚が無くなっていたのは。
傍に居た一般兵に羽交い締めにされ、止められるまで気付かなかった。
「っ……准将!」
ばっと飛び起きた。
瞬間ひやりと冷たい空気が肌を刺して、無意識に自分の体を抱き締めた。
着ていた寝間着の布が少し湿っている気がして、冷や汗が首にも滲んでいるのだと理解した時には少しだけ頭は冷やされてきていた。
「フィア……?」
横から聞こえたその低い声にまたはっとする。慌てて声のした方へ視線を落とすと気だるそうに髪を掻き上げる年上の恋人の姿があって、思わず安堵にほっと胸を撫で下ろした。
「嫌な夢でも見たのか」
さっき声を上げて目覚めたのを見られていたのだろうか。
まだ眠たそうに細めた目と少し掠れた声がフィアを見上げてきて、どう答えたらいいかわからず苦笑する。
そんなフィアの曖昧な笑みにカトルはそっと手を伸ばした。
「わ、准将……?」
ぐいっと体を引き寄せられてカトルの胸に頬が沈む。寝起きの彼の体温から温かかった。優しい香りが鼻腔をついて、何故か強張っていた体から力が抜ける。
先ほど気持ち的には安堵したはずだったのだが体の方は違ったらしい。
「疲れてるんだろう。あまり無理をするな」
きっと疲れているのはカトルの方。
自分など彼の予定の管理をしたり書類や資料を運ぶぐらいの仕事量に過ぎない。
これしきで疲れているなんて言えない。
なのにそれを知った上でトントンと背中をあやすように叩いてくれて、何も聞かずに抱き締めてくれる。そんな大人な彼の優しさが酷く胸に染みる。
甘えるように体を寄せた。
聞こえるカトルの鼓動に耳を寄せて。
とくん、とくん、と一定に聞こえるそれはフィアを安心させるまた別の要素の1つになって。
「ありがとうございます、准将……」
「今は名前で呼べ」そうコツンと額をつつかれた。痛くもないのに突かれた場所を抑えて抗議する。意地悪く笑うその微笑みがフィアの胸に積もって広がる。