「我慢って。どんな事我慢してるの?」
マキナの腕の中でクスクスと笑いながらフィアは言って見せた。ドキリと彼の心臓が跳ねたような気がする。
「それ……普通、聞くか?」
「ごめんねマキナくん、わたし普通じゃないのかも」
狼狽えるマキナにフィアはまた声を出して笑った。そのままマキナを見上げて彼の鼻の天辺を人差し指で突っつく。
なんとも言えない複雑な表情のマキナ。
(からかわれてる……)
フィアのことは勿論好きだけれど、たまにこうやって子供扱いされるのはあまり良い気分ではない。年下とは言え一応自分だって男なんだ。
「マキナくーん?」
そうやってぐるぐると思考していると黙ってしまったマキナを不思議に思ったフィアが呼び掛けてくる。わざわざ顔の前で手を振ったり。
「あ、ああごめん……」
「ちょっとからかいすぎちゃった?」
やっぱりからかってたのか、とマキナは声には出さず溜め息を付いた。
*
「いえ、でも本当にクラサメさんのおかげですよ」
ある日の午後。
暖かい飲み物でも飲もうかとリフレッシュルームへ足を運んだマキナの耳に、聞き慣れた声が届いた。
「フィアはたまにとんでもなく突拍子も無い行動に出るからな」
「あはは、よくご存知で」
さほど大きな声でも無いし人気が無いわけでもない。ただ聞き慣れた彼女の声だから彼にはよく聞こえただけなのだが。
少し探してみると声の主たちはすぐに見つかった。壁に向かって並ぶ椅子。そこに2人並んで腰掛けているクラサメとフィア。
(隊長が……珍しいな)
2つ並ぶその後ろ姿はどこか周りとは違う雰囲気が漂っていて、なんとなく気軽には近寄れなかった。
「何年の付き合いだと思ってるんだ」
言うなれば“お似合い”と言った空気。
どちらかと言えばクラサメの方がフィアとも歳が近い。悔しいけれど歳はどうすることも出来ない。
「ですよね。ちゃあーんと、わたしの手綱握っておいてくださいね?」
「任せておけ」
クスクスとフィアがクラサメに笑顔を見せる。笑顔の彼女の頭に慣れた手付きでクラサメは手をぽんと置く。
(っ……)
そんな2人を見た瞬間、酷く胸が締め上げられた。目一杯絞り上げられる布巾や雑巾のような、そんな感覚。
「あれ?マキナだ。何してるの?」
暫くの間ぼうっと突っ立っていただけのマキナの背をぽんと叩くのは今ここに訪れたばかりの彼の幼馴染み、レム。
呼び掛けられてハッとしてレムを見る。
けれど気付いた時には既に遅かった。自分がじっと見つめていた視線の先をレムも同様に辿っていて。
「あれ、隊長とフィアさん?」
バレてしまった。
2人の様子を見ていたことが。
2人の背中とマキナとを交互に見比べ、レムは軽く頷きもう一度マキナを見た。
気まずそうなマキナの顔。
「そういうこと、かあ」
ほんの一瞬沈黙があって、どう弁解したらいいか言い訳を考え出した時だった。「仕方無いなあ」とレムが不意に呟いたかと思うと。
「あ、おい、レムっ!」
「ほらマキナ、フィアさーん、隊長!」
ぐいっとマキナの腕を引きながらレムは2人の背に呼び掛けたではないか。
慌てるマキナ。勿論呼び掛けられた2人は此方に意識が向いて、レムとマキナの方へ体ごと振り向く。
「レム、とマキナ。どうかしたか?」
やめろ、レム。
そう言おうとした時には勿論既に遅く。
レムの呼び掛けに気付いたクラサメが少し椅子を揺らしてこちらを振り返る。倣うようにしてフィアも。
「マキナくん、レム」
どうしたの?と笑うフィアの悪意の無い無垢な笑顔が、なんだかとてもマキナの胸を締め付けた。
彼女は自分と付き合っている。
フィアはマキナの恋人なのだ。
なのに。
(オレ……、馬鹿みたいだ)
スッとレムの腕をほどいて俯いた。
クラサメとフィアの視線だけがマキナに刺さる。腕をほどかれたレムも不思議そうにマキナに視線を向けたのだが。
「え、ちょっと、マキナ!」
何を思ったのか、マキナはその長いマントを翻し魔方陣へ速足で駆けて行く。
「マキナくん……?」
ふっとマキナの姿が掻き消され、フィアは思わず呟いた。レムに名前を呼ばれてフィアが振り向いた時、視界に映ったマキナはクラサメの方を見つめていた。
少しの間。
レムは僅かに気まずそうに眉間を寄せている。そんな彼女に微笑み掛けて、クラサメの顔を1度見て、フィアは椅子から立ち上がった。
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