T(1/7)



『fragment』







氷剣が、そっと地面へ捨てられた。

カラン、と切ない音を立てて動かなくなったそれ。冷たい音が空間に広がった。


「……クラサメ、くん……?」


クラサメはレザーのグローブを外した手でフィアの背を抱き寄せた。倣って突き刺さる、鋭い可変式銃のエッジの刃。ボタボタと赤い血が彼の腹部から噴き出して足元を染める。

「クラサメ、くん……?」

ぐっと、力強く腰を引き寄せられて、鋭い刃が深く埋まって。2人の体も触れ合って。
手にしたグリップまでだらだらと流れてきた彼の血液は、どうしてだか止まることを知らなくて。拭っても拭っても、すぐに手を染めてしまう。

頭がよく理解してくれなくて、クラサメに抱き締められたままぼうっと立っていると、彼の体が突然重たくのし掛かってきた。
反射的に受け止めて座り込んでしまう。まるで糸を切られたマリオネットのように、膝から崩れ落ちるクラサメの体を何も考えずに支えるようにしながら。

「クラサメ、く……」

―――戦っていたんだ。
彼と、クラサメと。
そして、フィアの刃は彼の腹部を突き刺した。

「クラサメ……」

否、対峙して剣を構えた瞬間彼は。

「なん、で……なんで、どうして!」

支えたクラサメの背。
だらりと垂れていた彼の腕がゆっくりとフィアの頬へ伸びた。
微かに震えた彼の手が、髪の合間を縫って頬にしっとりと這わされる。

「こう、すれば……おまえの記憶から、……消える、だろう?」

一瞬で、フィアの胸を冷たい何かが突き抜けた。それはとても爽やかで、湿っているようで、生温い。
そうして、一気に視界がぼやけた。

「っ……なっ、そんな、クラサメくん、待って今、ケアル、かけるからっ」

すっと翳したフィアの掌に淡いグリーンの光が集まる、が。
それを阻止するようにクラサメの手がフィアの手を掴んだ。クラサメの血で赤く染まった彼女の手を。



「やっ……と、つか、めた」



そんな力、入らないはずなのに。
大きなクラサメの掌が小さなフィアの手をぎゅっと握り締めた。もう離さない、そう訴えるように。

あの日離した、離してしまった。
大切な大切な彼女の手を。

「許してくれ、とは、……言わない」

自分の愚行からフィアを傷付けたのは確かな事だ。決してそれは否定しない。
か細い彼の声を聞き取ろうと、フィアは少し温かいそのマスクを外した。

「ただ……」

クラサメの腕が伸び、ぐっと後頭部を引き寄せられて、体が曲がり、


「ずっと、君が、フィアが好きだった」



かさついた唇がぶつかった。
角度を変えるわけでもなく、ただ触れ合うだけの2つの唇。ぽろぽろと、クラサメの顔に透明な雫が落ちた。
少しだけ隙間が出来て、またそれが埋まって。やんわりと唇をはんで、鼻先の付く距離でクラサメは途切れそうな意識をフィアへ向ける。

「今も、……フィアを、」

ぐっと息を詰まらせて、胃から逆流してきた血液が彼の言葉を途切れさせた。
げほげほと咳き込んでそれを吐き出しても荒い息はどうすることも出来ず、遠くなる意識の中ただ自分が思い続けたフィアの表情を見ていた。

「っやだ、クラサメくんっ……!」

ぎゅっと、もう一度握る。
小さなフィアの温かい手を。
もう離さないように、
もう、迷わないように。

「クラサメくんっ!クラサメくんっ!」

すうっと、胸に空いた隙間が埋まっていくような、桜が散るような、蝉の生が終わるような、長い夜が、終わるような。



「クラサメ、っくん……―――!!」



桜が、散る、ような。

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