『fragment』
ゆっくりと、確実に。
咲いた桜の花びらが、ひらり、ひらり、と舞い散るように。
彼らの時の歩みも確実に。
ひらり、ひらり、と散っていった。
蝉の咽び声と共に狂い出した、時の歯車
また、哀しい蝉の声が響く。
「2組は予定通りに朱雀本陣を定時に出発。日の出を合図に乗り込む予定です」
「4組は各救護班、候補生の突入部隊にそれぞれ配置を……」
「バハムート隊、及びセツナ卿の支援部隊も予定通りポイントに到着」
慌ただしく飛び交う報告に通信、命令の声。しかし比較的落ち着いた雰囲気漂う朱雀本陣で、マキナはふと周りを見回しおかしなことに気付いた。
「レム、エース達がいなくないか?」
デュースと話していたレムはマキナの問い掛けに辺りを見回して見せる。
「あれ、本当だ。セブンと……トレイもいないよね?」
バラバラに散っているにしろ、他の面子は見回しただけで確認が出来た。
けれどいくら辺りを見てもテントを見ても名前を上げた3人のみ姿がない。
「そういえば、今朝クラサメ隊長がエースさんたち3人を呼び出していたかもしれません。もしかしたら、何か違う任務を言い渡されたのかもしれませんね?」
思い出したようにデュースが言った。
マキナとレムは顔を見合せ、納得したようにデュースに視線を向ける。
「クラサメ隊長も姿が見えないね」
「確かオレたちの指揮も急遽エミナ士官に変わったんだよな?」
ならば、急遽別の任務か何かでいないのだろう。0組に所属する彼らには今までにも何度かそういうことがあった。
任務開始直前になって別行動をとって欲しいと命が下ったり、もしもの時を考え密偵や内通者にバレてしまわないようギリギリになって任務変更を告げられる。
「なら、私達は作戦通り正面からの突破で大丈夫ですね」
3人は他の0組の候補生の元へ向かう。
タイミング良くエミナが彼らに召集を掛け、エース、セブン、トレイの3人を除いた面子がぞろぞろと集まってきた。
「皆集まったわね?クラサメ君……おっと。クラサメ隊長が急遽他の任務の指揮を取ることになったので、この作戦で君達の指揮は私が取ることになったの」
集まった0組のメンバーは真剣な表情でエミナを見つめる。
「それから、懸念されている密偵のこともあって、皇国の戦力が予想より遥かに上回る数だった場合、秘匿大軍神をやむを得ず召喚するかもしれないの。これは完全にセツナ卿のご判断だけどね」
高く結んだポニーテールを後ろへ弾き、エミナは一度夜明け前のまだ少し薄暗い空へ視線を投げ呟いた。
「もう、夏も終わるね」
蝉が、鳴いていた。
*
「早くしろ!魔導アーマー部隊をすぐに最前線へ向かわせるんだ!」
「夜が明ける!急げ!」
一方、落ち着いた朱雀陣営とは逆に僅かな焦りも見られる白虎陣営。
カトルは腕を組んだまま忙しなく駆ける皇国兵や文官たちを眺めていた。
「いよいよだな」
彼の背後に佇む飛行型魔導アーマー、ガブリエル。きちんと整備されたそれはまだ薄暗い夜明け前の闇の中で静かに出番を待っていた。けれど、今回彼が特定の部隊の先陣を切ることは無い。
「冷えるな、今日は」
1年中、気温はそう高くはならないミリテスの土地。夏と言う季節は回るにしろ、茹だるような暑さや溶けるような暑さを感じることはなかった。
そして夏ももう終わりだ。
季節が移り変わるのか、それともたまたまか、その日は少しだけ肌寒かった。
*
「成る程ね。じゃあその武器一式は第一陣営に運んで、そっちは第二に。なるべく急いでね、時間無いからさ」
魔導院の軍事倉庫。
武装研の責任者的立場であるカヅサは従卒たちに武器の指示を出しながら自分の仕事をこなしていた。
夏の終わりとは言えこの季節はまだ少し暑い。あまり無駄に動いて汗は掻きたくないのだが、夜明け前なのが救いかほんの少し涼しささえ感じる気候だった。
ふと、すぐそばに無言で佇む桜の木が目に入る。葉は勿論青々としていて花は咲いていない。
ぼんやり見つめていると掠れた蝉の鳴き声が静けさ漂う軍事倉庫の周辺に響く。
ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミ……
パタリ、と何かが木から落ちた。
「あーあ、死んじゃったか」
暗い地面へ、蝉が眠る。