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「じゅ、じゅん……しょ、まっ」
「人の道を外れた愚物が。貴様に言を発する権利などない」

掌の感覚など感じなかった。頬に付着した生暖かい液体が煩わしく、グッとグローブの背でそれを拭い。

「消えろ」

不様な愚物の断末魔など誰が聞きたかっただろうか。こんな物の上に立った覚えはない。こんな物と国の栄光を称えた覚えもない。

刃の錆にさえしたくはない。
転がる白い装束の布でその赤を落として血生臭い旧訓練場を後にした。





***





「フィア、最近随分楽しそうだな」

ふと、いつものように窓の外の景色を傍観する彼女の横顔を見ていて感じた事。
初めて彼女と顔を合わせた時は勿論死んだような表情をしていて、元々はそんな暗い顔の持ち主ではないのだろう、ゆっくりではあったがそれから徐々にフィアの表情は明るくなってきていた。

しかし最近、それに加えて“楽しそう”な表情も垣間見えていたのだ。

「え?そんなことないですよ」

呼び掛けると愛くるしい瞳が此方を向いた。今まで遠いルブルムの地を見つめていただろうその目はやはり、少しだけ鮮やかな色を取り戻してきている。

「そうか。野暮な事を聞いたな」

まあ、深く問い詰める必要もない。
視界に次の書類を放り込みサッと目を遠し、嫌がつく程書き慣れたサインをペン先で引いた。

「野望?」
「野暮だ、野暮」

間の抜けたフィアの返しに思わずサインが歪みそうになった。たまに予想外に阿呆な行動を取る彼女が愛しくもあり、時に心配すら覚えてしまう。

「あ、珈琲淹れ直しましょうか?」
「ああ、たの……」

言い掛けた言葉を途中で破棄することはあまりしたくないのだが、嫌な予感が脳裏を過った。ついこの間の出来事だ。

「どっちですか?」
「いや、その」

執務室に戻ると珍しく、と言うよりは初めてフィアが珈琲を準備して私の帰りを待っていた。意外な彼女の行動に疑心よりも若干の愛しさが込み上げて来る中、受け取ったカップに口を付けて盛大に噎せたくなったのだ。

「あー、もしかしてこの間のこと思い出しました?」

口内に広がったのはほろ苦い豆を挽いたそれではなく、砂糖水のような甘さの黒い液体。見た目のビジュアルから相反するその味に完敗だった。

「大丈夫ですって、1度言われたらさすがに2度目はしませんって」
「信じていいんだな?」

悪いとは思ったがアレの後味はとても強烈すぎてその後の仕事に差し支える程だった為やや疑い交じりにフィアに確認を取る。我ながら少し大人気なかったか。

「任せてください、カトルさん!」

甘いのは、ふわりと笑うフィアの笑顔だけで十分なのだ。

珈琲メーカーの備え付けてある部屋の隅へ消えたフィア。カチャカチャと音が鳴りながらも手際は意外によく、少しすると焙煎された芳香な香りが漂ってくる。

「砂糖は、……入れないんだよね」

そんな小さな呟きが耳を掠め、少し不安になったが聞かなかった事にしてペンを走らせる作業を再開する。大丈夫だ、恐らく。

「お待たせしました、カトルさん!」
「ありがとう。悪いな」

隣に来たフィアの頭に軽く手を置き感謝の言葉を口にすれば笑顔が浮かぶ。
花が綻ぶようなそのフィアの笑顔はとても気分を癒してくれるようで。

「どうですか?」
「上出来だ」

またその笑顔を咲かせたいのだと、病み付きになってしまう。

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